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mode-Duo 代表取締役 尾島康仁

IT事業、ホテル運営事業、保育園経営、ウェディング事業、不動産事業、フードテック事業etc.。“ITのチカラで、世界を変える”をモットーに、パラレルアントレプレナーとして複数の事業を営む尾島康仁代表取締役は、次に何を目指すのか。Forbes JAPAN SALONのメンバーでもある氏のバイタリティーの秘密を探る。


学生起業によるIT事業から始まった


──まずは創業の経緯についてお話しいただけますか?

振り返ると21歳の時の学生起業だったので、もう17期目になるでしょうか。IT事業を10年ほど手がけた後、海外進出を経てホテルや保育園の経営、不動産、ウェディング、最近では金沢発のミールキットサービスも立ち上げました。

──本当に多岐にわたる分野で事業展開されていますが、そもそものところからお話を伺っていきましょう。まず、どんな経緯で起業されたのでしょうか?

学生起業で、最初しばらくはIT事業一本でやってきました。

ちょっと中学生の頃に話が遡りますが、親からパソコンを買ってもらって。「さあ、ゲームができるぞ!」と喜んだのも束の間、「ゲームは禁止」と言われがっかりしたんです。そこでひらめいたのが、だったら自分でゲームをつくってしまおうというアイディアでした(笑)。プログラミングの本を買い込んできて、いつの間にか自分でつくれるようになって。そんなきっかけがあって、ITに関するバックボーンはもう中学生の頃からできていたんですね。

そしてその後、大学時代に、友達から「うちの会社でプログラミングの仕事をやらないか?」と誘われたのが、起業のきっかけに繋がりました。特にアルバイトもしていなかったので、もちろん引き受けたわけですが、ふと思ったんです。「あれ、こいつ同じ学生なのに、なんで仕事しているんだろう?」って。

聞いてみると、「自分は社長になりたいんだ」と。そんな夢を語ってくれたんです。そのために専門高校を出て、大学に籍を置きながら、個人事業主としてパソコン家庭教師の事業もやっているのだと。驚きましたね。同じ学生でもそんなことができるんだと思って、すごく興味をもちました。そこからプログラミングを手伝いながらビジネスへの興味を深めていって、その友達ともルームシェアをしたりしているうちに、自分も彼の会社に役員として入ったんです。大学2年生の時でした。

その会社はのちに解散したのですが、僕自身、それまでにも「自分が社長だったら、あの時こうやってみたかったのに」と感じる場面もあったので、他のメンバーたちに声をかけて、今度は自分で起業したというのが、mode-Duo設立のおおまかな経緯です。振り返ると、きっかけをくれた友達に感謝、ですね。

──いいエピソードですね。得意のIT系から始めて、ではいつからどのように多角経営化を進めるようになったのでしょうか?今日までの経緯も、お話しいただけますか?

最初の7年くらいは、本当にITの仕事ばかりで手一杯でしたし、それで明日食べる糧を稼ぐといった感覚で、ただがむしゃらに走り続けてきました。システム開発の請負とか、ウェブサイトをつくったりといった開発寄りの仕事がメインでしたね。

ただその頃から、「ITだけでいいのだろうか?」と自問自答するようなところがあったんです。ジレンマとでも言うのでしょうか、目先の事業の拡大ばかりを追いかけていくなかで、本当はもっといろんなことに挑戦してみたいという気持ちがだんだん大きくなっていったんです。「あんなこともやってみたい、こんな可能性はあるだろうか?」なんて考えるだけで、ワクワクする自分がいたんですね。

そうこうしているうちに、社員の人数もだんだんと増えてきて、事務所を渋谷に移転。自分たち主導でつくったシステムを世に出したりできるようになってきた頃、海外ではfacebookをはじめとする画期的なSNSやアプリが登場して、話題になっていました。そこで、思い切ってアメリカのシリコンバレーを視察することにしたんです。

結果、「これからの時代、こんなサービスやアプリが必要とされているんだ」というような気づきと学びをたくさんもち帰ってきて、その後、自分たちでもミクシィ、GREE、モバゲータウンなどにアプリやゲームを提供するような事業を始めました。他にもスクエアエニックスと共同でゲームをリリースたりといった、アプリ&ゲーム開発を手がけるように。この辺りまでが当社の前半戦といったところでしょうか。

新しい事業を生み出したいという情熱を肯定し、
パラレルアントレプレナーとして再始動



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──それでは、多角経営に関しては後半戦での展開となるわけですね?

はい。mode-Duoが、バーチャルオンリーの仕事からリアルも手がけるようになるまでですね。IT系の仕事だけを手がけていた頃は、まだこの先どの方向に進むべきか、あるいはどこかの企業にイグジットするべきなのか、そして自分自身どうやって生きていきたいのかが分からない状態でした。自分はどうしたいか、何を生きがいにしたいかを真剣に考えてみたら、やっぱり事業家として世の中を良い方向に変えるために、何か新しい事業を生み出したい──そういう想いに行き着いたんです。

そんな時に、事業家としてITしかできないというのでは片手落ちだろうと思い、いろんな人に相談してみたんです。するとある日、ある先輩からこう言われたんです。「尾島くんは、ここでちゃんと世界を見てきたほうがいいよ」と。

ではどこに?となった時に勧められたのがヨーロッパでした。僕は片言の英語しか話せませんでしたが、ドイツ、ベルギー、オランダ、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド──といった具合に、十数カ国を周りました。足かけ2年くらいを費やして、観光だけでは得られないようなさまざまな経験を積みました。

──それは、例えばどのような?

「事業のネタを探す」という至上命題がありましたので、観光地を周るだけでなく、文化を掘り下げる体験をしたり、あえてホテルに泊まらず、Airbnbで地元の人の家にお邪魔して、寝食を共にしたり。築120年のアパート暮らしなんて、日本にいてはなかなかできない体験ですよね。水しか出ないシャワーに我慢したりとか。日本で暮らしていて「ああ、こんなものか」と思っていたものが、よその国に行くと全然違ったりする。自分のなかの既成概念を取り去ってくれる、すごく刺激的で充実した体験になりました。

──そうした体験から、どんな新規事業が生まれたのでしょう?

ヨーロッパで、たい焼き事業に挑戦しました。各国を周っていろいろ見てきたなかで、外国人がやっている、日本の本物とはまるで似て非なる寿司屋に対して、憤りのようなものを感じまして(笑)。何か自分で、日本の食文化を正しく伝えることをやってみたいと思ったんです。

海外には寿司もラーメンももうある。じゃあどうしようかと考えた時、決め手は「たい焼きの鯛は、めでたいのタイ。日本のラッキーフィッシュケーキです」というのが、文化や歴史的背景も含めて伝えやすいということでした。実際に現地JETROを通じて各国の大使館や外務省を周り、苦労して立ち上げた新規事業でしたが、資金繰りに失敗して、大きな借金を背負って帰国しました。


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──いきなりの手痛いレッスンですね。ただ、その失敗はのちの成功の母になったと?

そうです。授業料は高くつきましたが、海外での市場調査や物件の調査、契約、機材や人員の調達、法人の設立など、ひと通りの経験を積めたことが、その後のパラレルスタートアップにおける基礎となったことは間違いありません。

──そして次のステップとして、国内でのホテル業が始まったのですね?

日本に戻ってきてから、次は何に挑戦しようかと考えた時に、海外で利用したAirbnbのことを思い出したんです。
日本でもニーズが高まるに違いないと思い、小さな宿所の運営代行に近いところから始めて、やがてもっと大きなホテルまで、順調に客室数を増やしていきました。自分でプログラムを書いて、日本中のホテルサイトにある空室状況と価格を毎日集計する仕組みもつくりました。いまではITを駆使したホテル運営代行と、宿泊管理に関する業務を一元管理できるホテル総合管理システムも提供しています。

地方のホテルを訪ねていくうちに見えてきたのは、意外かもしれませんが保育園の需要でした。ホテルのスタッフにはお母さん層が多いのですが、保育園に入れず、働く時間を延長したくてもできないという実情がありました。ちょうど女性の働き方改革とか女性の活躍推進といったことが話題になってきていたタイミングでもありましたし、ここを自分たちのITの力でどうにかしようと思いました。

そこで、都内だけでなく全国の保育園を80軒近く訪ねて、保育園の実態を調査するところから始めました。「保育士さんのお仕事って大変ですね。残業も多いのですか?」なんてさりげなく聞いたりして(笑)。一日体験で、保育士になってみたこともあります。そうすると、思った以上に体力仕事で、一日が終わると腰が痛くなるんだといったことが実体験として見えてきます。今度は運営側に目を向けると、利益を出すためにはコスト削減しか方法がなくて、そのしわ寄せが従業員の負担になっていることも分かってきました。

そうした地道な調査の末に行き着いた答えが、「ちゃんと稼げる保育園をつくろう」ということでした。まず業界的にDX化が遅れているところにメスを入れれば、作業を大幅に効率化できます。それによって空いた時間を、保育士さんたちはお子さんへの対応に充てられますし、オンライン保育などの新しいメニュー提供によって、さらなる売上を立てることもできる。そんな発想から2018年、東京都板橋区に企業主導型保育園としての「ぼくのひみつきち」の自社運営を開始しました。そのノウハウを全国に届けるべく、フランチャイズ展開と受託事業も行なっています。

──ひとつの新しい事業に紐づいて、また新しい事業が生まれるという連鎖、パラレルスタートアップの始まりですね。


尾島氏提供

はい。そこからまた、お取り引きいただいていたホテルのオーナーさんから「また別のホテルをつくりたい」というご相談を受けまして。候補地を歩き回るなかで、次は不動産業にも進出するべきだと思いまして。急いで宅建士の資格を取得して、不動産の会社をつくりました。

会社をつくるとまた事業欲が湧いてきて、不動産の業界を調査するようになりました。その過程で気づいたことですが、それまでも会社の事務所や個人の引っ越しなど、不動産屋さんを利用する機会が幾度となくありましたが、個人情報を何回も書かされたり、店舗にわざわざ出向いたりと、面倒が非常に多かった。そこをDX化すれば、もっと便利になるはずと考えたわけです。

そこで立ち上げたのが、オンライン不動産です。既存の実店舗は夕方5時に閉まってしまうところを、私たちは深夜までサービス提供できます。オンライン会議ツールを使ってお打ち合わせをし、物件の資料をやりとりし、内見の時には現地集合/現地解散でいい。個人情報は契約の時に書いてもらうだけという、まさに自分が「あったらいいな」と思ったサービスを形にしています。

──他にも、ウェディングやフードテック事業もありますね?

ヨーロッパを周っていた頃に、向こうの友達の結婚式に何度か参列したことがあったのですが、教会の前にパイプ椅子を並べて、道行くおじいさんがポケットからシワシワのお札を出して「おめでとう」ってポンと手渡すような。そんなシーンを見て、「こんなカジュアルでいいんだ!」と衝撃を受けたんです。自分はけっこう、ベタに日本的な結婚式をしたので、目から鱗の体験でした。

これからの日本にも、もっと等身大でカジュアルな結婚式の形があるべきと思い、新郎新婦の方たち数十組にヒアリングしてきました。多様化の時代に合わせた新しいオンラインウェディングの形を提案しています。

また、最近新たにスパイスとハーブを特徴としたミールキットの提供にも取り組んでいます。


尾島氏提供

その道の玄人と2時間話せるか。
一番大切なのは情熱である




──ここまでお話を伺ってきて面白いと思ったのが、尾島さんが何をやるにもまず自分で現地に赴き、データ収集に繋がるヒアリングや調査を行われていることです。

好きでやってしまうというのもありますし、最初のたい焼き事業で大コケしたという教訓もありますし(笑)。何しろ、あれだけ事前に綿密な調査を行なったつもりでも、とことんまで追求しないと上手くいかないという体験をしていますからね。

じゃあ、どれだけ事前に勉強すればいいのかという時に基準にしているのが、「その道の玄人と、2時間何も見ないでしゃべれるかどうか」というのがあります。何かで読んだことや誰かに聞いたことの請け売りではなく、自らの実体験を通じて得た知識がないと、2時間は話せません。それがマイルールです。

──そのマイルール、素晴らしいですね。

ルールありきというよりは、好きで興味があって、実地に赴いて、人と話して、勉強して調べて――とやっているうちに、自然とそうなっている、というのが本当のところではあります。つまりそれだけ、事業を考えて興すということが好きなんですね。「Spice me」を立ち上げた時も、野菜の仕入れを体験したり、実際に農家さんのところで一緒に野菜を売ってみたり、なんなら農園を借りて、自分で耕してみたり。

つい昨日も、カボチャの手入れをしてきました。複数の野菜を育てる際に、野菜同士にも相性の良い悪いがあるのだといったことや、どうやって虫除けするかなど、学びがいっぱいあります。農家さんとも、もう2時間話せますね(笑)。


尾島氏提供

──人、物、事の出会いをすべて事業に活かしていますね。

それがやっぱり楽しいから。だからこそ、自然とパラレルスタートアップに取り組むようになり、それを楽しんでいる自分と仲間がいるんですね。

──パラレルスタートアップの強みというのは、どんな点にあるのでしょうか?

日本では元来、シリアルアントレプレナー志向が強くて、「専念するべき一事業以外に手を出すのは浮気者だ」みたいな見方が根強くあったんですね。ところが複数事業を手がけるようになってからは、何か新たな課題が出てきた時も、「あ、私それ以前にやっていたのでできます」とか「前にこれこれをやった時のノウハウが応用できるかも」といったアイデアが、メンバーの間から自然に出てくるようになったんです。

共通のノウハウ、共通の価値観が個々の事業をドライブして、相乗効果と共に前へと進めてくれる──そんな手応えを感じています。

経営者である自分にとっては、子育てに近い感覚があります。1人の子どもを親2人で育てるよりも、兄弟がいていっぺんに3人くらい育てる方が、子ども同士で教え合ったり、競争し合ったりして、たがいに良い影響を及ぼし合うこともあるじゃないですか。僕が考えるパラレルスタートアップ戦略というのは、事業単体でやるよりも、業態も商材も全然違うような複数事業を同時に回した方が結果上手く進むという、パラドックスにも近いような、僕自身の経験から導き出されたやり方なのかもしれません。

ちなみにアメリカでは、そうしたパラレルアントレプレナーシップというのが日本より進んでいるようですね。何しろあのテスラのイーロン・マスクもTwitterのジャック・ドーシーもそうなのですから。

──パラレルスタートアップをやるためのコツ、あるいは向き不向きといったものはあるのでしょうか?

一番のポイントは、やはり情熱をもてるかどうかに尽きるのではないでしょうか。いまの事業が先細ってきたら何か他をやろう――といった場当たり的な考えではなく、これもやりたいし、あれもやりたい!と言い切れるような情熱です。さっき子育ての喩え話を出しましたが、5人子どもがいたとしても、親はそれぞれに対して100%の愛情を注ぐじゃないですか。5人の子どもたちそれぞれの未来を共に夢見て、育児に全力投球できるかどうか。そう置き換えて考えてみると、やるべきかどうかが見えてくるのではないでしょうか。

──とても分かりやすい喩えですね。今後はどんなことに取り組んでいきたいとお考えですか?

やっぱり僕自身、世の中を少しでもより良くするために、新たな事業を生み続けられたら、というのが一番の情熱ですし、ワクワクするところですね。死ぬまで起業家でいたいと思っていますし、一緒に挑戦してくれる仲間が増えてくれると嬉しいと思っています。起業家や事業家が新たに生まれることで、社会課題が解決していく――そんな未来を信じています。

──最後に、尾島さんはForbes JAPAN SALONのメンバーでもあるわけですが、期待することについても一言いただけますか?

当社の事業同様、多様性を求めてメンバーになりましたので、いろんな方たちと知り合いたいですね。そしてぜひ、サロン主催のビジコンをやってみてほしい。このサロンのメンバーからだったら、きっとすごいアイディアが出るだろうし、それを実現することもできるでしょう。そして、その実現のプロセスをForbesで追う。面白いと思いませんか?




おじま・やすひと◉1984年東京生まれ。大学在学中に有限会社mode-Duoを創業。システム開発事業やマーケティング事業などを経てモバイルゲーム事業を立上げ&売却。その後、ヨーロッパを巡り北欧で「たい焼き」事業に挑戦。帰国後、複数の事業を同時に立ち上げる”パラレルアントレプレナー”として、ホテル事業、保育事業、不動産事業、ウェディング事業、フードテック事業など複数の事業を立上げ、運営している。

Promoted by Forbes JAPAN SALON / interview & text by Shigekazu Ohno(lefthands) / photographs by Takao Ota

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