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社会学者の萩原なつ子

高度経済成長による公害問題が表層化した1960~70年代に幼少期を過ごし、大学卒業後に就職した広告代理店での経験でジェンダーに関心を持ったことから、研究者の道へ。以来、環境とジェンダーについて長年研究している社会学者の萩原なつ子。

現在は、国立女性教育会館理事長や日本NPOセンター代表理事、中央教育審議会委員などを務め、娘から「(母が)一体何をしているのか誰にも説明できない」と言われてしまうほど幅広い活動を続けている。

30歳未満の次世代を担うイノベーターを選出する企画「30 UNDER 30 JAPAN」のアドバイザリーボードでもある萩原が、自身の経験を踏まえてU30世代に贈るメッセージとは。

──「環境」や「ジェンダー」という分野に興味を持ったきっかけは。

環境問題は、幼い頃の体験に深く根ざしています。私が子ども時代を過ごした1960~70年代は、戦後の高度経済成長の代償として、裏側にある様々な問題が出てきた時代でした。四大公害病のひとつである水俣病が公式に認められたのも、私が生まれた1956年でした。

小学生のときのこと。毎日道草を食って石蹴りしながら歩いていた道が、舗装されてバイパスになりました。「道が道路に変わる」ということは、そこで生きていた虫や鳥も今までどおり生活できなくなってしまうということ。「生き物の命よりも、人間の効率や金属の塊である自動車を優先する社会になっていくんだ」と、衝撃を受けました。

ジェンダーギャップに関心を持ったのは大学4年生の就職活動です。当時は男女雇用機会均等法もなく、4年制大学卒業予定の女子学生向けの求人票がほとんどなかったのです。なんとか小さな広告代理店に入り、3カ月間だけ勤めていました。退職理由は結婚です。当時の慣習ですね。仕事内容は男性の営業職の事務補助でしたが、時々撮影やインタビューの現場を経験させてもらいました。

この間に気づいたことは、男性も自分らしく生きられていない、働いていないということです。夜遅くまで撮影していたはずなのに、朝出社するとすでに会社にいる。残業、休日出勤はあたりまえ。本当なら、趣味を楽しんだり子どもと遊んだりしたいはず。

キャリアウーマン目指していた私ですが、長時間労働が常態化している状況を見て「こんな男性の働き方を前提とした労働環境のまま女性が社会参加しても共倒れになる、なんかおかしいと」と22歳のときに気が付き、男女共に生きやすい社会をつくるにはどうしたらよいかを学ぼうと社会学部に学士入学し、研究者の道へと進みました。

文=堤美佳子 取材・編集=田中友梨 撮影=山田大輔

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