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しかしピーターセンは、パンデミックに乗じた成金ではなく、輸送業界の“問題解決屋”と思われたいのだ。多くのコンテナが積載率70%程度で輸送されているなか、フレックスポートはコンテナにできる限り隙間なく荷物を積み、衣料品など軽量で高額な製品は海上輸送から空輸にルートを変更した。

また、西海岸からの商品がシカゴの輸送渋滞を回避できるよう、アイオワでの民営鉄道ランプの設置にも尽力。在庫不足に直面している企業のためには、トラック運転手が10日前から自分がどこで必要とされるか調べられるアプリを開発している。

ピーターセンへの評価に懐疑的な業界関係者は多いが、彼の有効性に異議を唱えられる者はいない。物流業界のニュースサイトを運営する人物はこう評する。

「彼は、多くの企業がかかわろうとしないところまで踏み込んでいく。世間はそれを求めているのです」

父も母も兄も。そろって起業家




ピーターセンは、首都ワシントンに隣接するメリーランド州ベセスダで、起業家に囲まれて育った。

母親は生化学者で、企業の食品安全性規制への対応を支援する事業を、父親は政府の経済学者で、1970年代のコンピュータを駆使してソビエト連邦の防衛費を計算し、副業でプログラミング事業を経営。兄のデイビッドは初期のオンラインゲームコミュニティを構築、管理していた。ライアンはといえば、スペイン留学やエルサルバドルでのボランティア活動を好んだ。

ライアンは2002年に経済学の学士号を取得してカリフォルニア大学バークレー校を卒業すると、当初は国際的なマイクロファイナンスの道に進もうとしたが、挫折。そこで兄デイビッドの下で働き、中国から雑貨を買い入れ、転売するようになった。

05年には中国に移り住み、2年間現地で直接商品を調達した。これが兄弟に次の事業のひらめきを与えた。世界の貨物船の積荷目録検索エンジンだ。自己資金で立ち上げた事業は、数年で黒字化。現在も数百万ドルの現金を生み出している。

しかし、兄弟にはもっと大きな野望があった。

13年にデイビッドのアイデアがアクセラレータのYコンビネータに合格すると、ライアンは兄について行き、このアクセラレータの共同創業者で国際貿易に関心をもつポール・グレアムと出会う。

ライアンは何年も、確定申告ソフト「ターボタックス」の関税申告版のようなもののアイデアを練っていた。同年10月、2000人が集まるイベントのステージで、グレアムにそのアイデア、つまり「フレックスポート」を売り込んだ。そして、Yコンビネータの14年の合格者となり、グレアムから直接指導を受けた最後の起業家のひとりとなった。彼はすぐに頭角を現した。

フレックスポートはそうそうたる投資会社の数々から瞬く間に400万ドルを調達した。レディットの共同創業者で当時はYコンビネータのパートナーでもあったアレクシス・オハニアンも、フォーブスのベンチャー投資家ランキング「ミダスリスト」のスター、ゲイリー・タンと一緒に出資している。

ピーターセンは突如として、シリコンバレー型の超成長を実現しなければならなくなった。通関業のマージンは大きかったが、申告1件当たり99ドルの利益では十分な稼ぎにはならない。彼は顧客が、通関手続き以上の問題にも対応してくれるオンラインサービスを求めていることに気づいた。フォワーディングだ。

文=アレックス・コンラッド 写真=ジャメル・トッピン 翻訳=木村理恵 編集=森裕子

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