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美酒のある風景 Vol .50「純米大吟醸 神蔵」

Forbes JAPAN本誌で連載中の『美酒のある風景』。今回は6月号(4月25日発売)より、「純米大吟醸 神蔵」をご紹介。米の香りに引かれ、口に含むと甘み、酸味、苦みなど複雑な味わいが重層的に現れる1本だ。


古の京都の町並みを描いた絵図として知られる洛中洛外図は1点のみならず幾つも存在しているとご存じだろうか。最も有名なのは織田信長が上杉謙信に贈ったとされる狩野永徳筆のもの。京都の市中や郊外の名所や風俗を絢爛豪華に描いた一双には、四季を通じた当時の人々の暮らしぶりが表情豊かに見てとれる。

なかには酒を酌み交わす人々の様子もあって、その酒はどんな味わいだったのだろう……と、この「神蔵」(松井酒造/京都府)を飲みながら往時の京都へと思いをはせた。というのは、京都は日本酒生産量が兵庫県に次いで全国2位と日本でも有数の酒どころでありながら、そのほとんどが伏見にあるため、かの洛中洛外図に描かれていたような町中にある酒蔵はほんの数軒しか残っていないからだ。

松井酒造は享保11(1726)年創業。京都御所や下鴨神社に程近い鴨川のほとりに蔵を構え、酒の仕込みには比叡山から鴨川へと流れる伏流水を地下50mからくみ上げて使用している、まさに“京の酒”。相国寺、金閣寺、銀閣寺、上賀茂神社、下鴨神社など数々の高名な寺社で御用達を務める由緒正しい酒蔵でもある。

その代表銘柄である「神蔵」について、「私たちの料理の要であるだしを引く際にも高瀬川(鴨川上流)の伏流水(井戸水)を使用していますし、まさに水が合うというのでしょうか。料理に寄り添い、その味わいを引き立ててくれるお酒です」と語るのは、こちらも160年余の歴史をもつ「下鴨茶寮 本店」の本山直隆総料理長だ。

「まず米の香りに引かれ、口に含むと甘み、酸味、辛み、苦みなど複雑な味わいが重層的に現れます。懐石料理のどの局面にあっても合わせやすい食中酒です」

果たして古の京の酒がこのように洗練された味わいであったか。それはわからないが、洗米から搾りまで、すべてのプロセスに人の手を介在させる松井酒造の酒づくりの原則は創業以来変わっていないというから、往時に思いをはせながら飲むのも一興。

一方でボトルにAR対応加工を施し、スマホを瓶にかざすと蔵からのメッセージを動画で見ることができるという最新のテクノロジーも搭載し、進取の精神にも富んでいる。

数百年前も、現在も、こうしてイノベーションを起こし続けるからこそ未来へと伝統をつないでいけるのだろう……などとほろ酔いのうちに考えながら時空間を超え、ひととき洛中洛外図のなかに遊ぶような興趣を覚えた。

photographs by Yuji Kanno|text and edit by Miyako Akiyama

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