<Forbes JAPAN定期購読会員の皆様へ> 決済システム変更にかかる決済情報再登録のお願い

挑戦する人と挑戦する企業をつなぐ、Forbes JAPAN 初の採用ブランディング

スパークス・グループの採用情報をみる

峰松洋志は、スパークス・グループに入社した3年後、リーマンショックに襲われた。外資系コンサルティングファーム出身で公認会計士の有資格者でもある彼は、財務・経理・人事の面から、当時の担当役員や同僚たちと、会社の立て直しに奮闘した。

「それまでは拡大路線まっしぐらだったので、みんな前ばかりを見て、細かいことは一切気にしていなかった。今から思えば、成長ではなく“膨張”だったのだと思います。

どうすればここを乗り越えられるか。コストと向き合いながら、唸る日々でした」

その後も東日本大震災、新型コロナウイルスと、思いも寄らぬ出来事が容赦なく彼に襲い掛かった。有事の時こそ、企業を存続させるべく先陣を切って力を尽くすのが経営者、そして管理部門である。

この17年間で、数字には表れない組織、人、ブランドの力を思い知ったと語る彼。スパークス・グループを再度、成長軌道に乗せ、今は伝承にも手を掛けるグループCFOであり、組織づくりを担う峰松の足取りに迫りたい。

監査ではなく、事業に関わる仕事を──会計士として資産運用会社へ


「経営者である父親の背中を見て育ったせいか、会社経営や事業づくりにはずっと興味があったんですよね。公認会計士は『何かあった時に、役に立つかな』と試験を受けたのですが、監査の仕事をする気はありませんでした。ですから会計士試験合格後は監査法人には就職せず、コンサルティングファームからキャリアをスタートさせたんです」

その後、峰松は公認会計士として正式に登録するため、一度監査法人へ転籍。監査業務など会計士としての実務経験を一通り積んだ後、転職を決意する。そこで出合ったのが現スパークス・グループだった。

「スパークス・グループのことは、実は全く知らなかったのですが、金融系に明るい何人かの知人に聞いたら、どうやら評判の良い資産運用会社らしい、と。面接を受け、社内の方々に話を聞いてみたら確かに面白そうな会社でした。

当時は資産運用会社として初めて上場を果たしてから4年ほど経過しており、AUM(※)が毎月500億円ずつ増えるという非常に強い上昇気流に乗っていた時期。積極的にM&Aを行なって海外拠点を増やしたい、自分たちの資金でも投資を始める、という話は特にワクワクしました」

代表である阿部修平の第一印象を聞くと「阿部のカリスマ的な経歴を良く知りませんでしたがそれでも、威圧感のある人だった」と。しかし、話し始めてすぐに峰松は、阿部がシャイな人間であると理解したという。

「実際に入社してみても『やっぱり、ものすごく優しい人なんだな』と思いました。全てのメンバーに対してフラットに接しますし、何よりも管理部門である私たちのことをいつも“縁の下の力持ち”といってねぎらってくれるんです。

阿部は元々ニューヨークのウォールストリートで、まさに生き馬の目を抜く環境でたった一人で戦う中で、一緒に働く仲間の大切さを実感したのだと思いますね」

※AUM=Asset Under Managementの略。お客様からお預りしている資産の総額で、運用会社の非常に重要な経営指標の一つ

スパークス・グループの求人・採用情報を掲載しています

“膨張”と“転落”から見えてきた、強い企業の在り方


峰松が入社した2005年はスパークス・グループが最も拡大した時期だった。

しかし数年後にはリーマンショックによって縮小の一途を辿る。経理財務を任されていた彼は、スパークスの歴史上初めてとなるドラスティックなコストカットを断行。短期間のうちに、栄光と転落を目の当たりにした。

「成長ではなく“膨張”していたんですよ、リーマンショック前は。規模の拡大にばかり気を取られていて、採用も『特定領域のプロであればいい』という感じでした。その証拠に、当時の募集要項を見てみたら、募集する職種と、当社の特徴として「年収が高いこと」と書かれていた......年収だけに惹かれた人が集まる組織ほど、弱いものはありませんから」

苦しい局面を切り抜け、ようやく再生へと舵を切り始めた頃。経理、財務に加え、人事の責任者となっていた峰松は、改めて採用基準を見直した。

「初めて人事領域を担当することになったんですが『再び有事が起こった時、同じ価値観を持つ仲間なしには乗り越えられない』ということだけは、自分の中でもはっきりしていて。考えた末、当社のビジョンや行動規範に心から共感いただける人を丁寧に採用することに」

「世界で最も信頼、尊敬されるインベストメント・カンパニーとなる」ことをビジョンとし、1989年に創業した同社。AGGRESSIVE、RESPONSIVE、THOROUGH、SYMPATHETICからなる「ARTSの精神」を行動規範に掲げてきた。

「5回も6回も面接させていただくことも多々あります。この規模感でここまで時間をかける会社は他にないでしょうし、途中で他社が候補者に内定を出すケースもあるのですが......そうなってしまったら、ご縁がなかったと諦める他ないですね」

こうした丁寧な採用プロセスを踏むことで、ミスマッチが少なくなり、確固たるカルチャーの確立がしやすくなったと峰松はこれまでの努力を振り返った。

コロナ禍。個から組織への意識を高めるべく、社員全員で“原点”に返る


上からの細かな指示は一切なし。自分の頭で考え、行動することを良しとしてきたスパークス。失敗をも咎めない寛容さを持ちながらも、大目玉を食らうワードがある。それは、「これは、自分の仕事ではありません」。

しかし、在宅勤務を余儀なくされたコロナ禍では、他のメンバーの動きをタイムリーに知ること、細かな背景を肌で感じることは難しく、どうしても自分自身の枠を狭めてしまいがちになる。

「このままでは、スパークスならではのチーム力が発揮しづらくなるのではないか」──峰松は求心力を高めるため、ビジョンや行動指針を軸に、社としての価値観を再認識できる場を設けた。

「当社ではビジョンステートメントという冊子にビジョンや行動規範をまとめているんですが、昨年、その冊子を社員全員で見直す機会をつくったんです。海外拠点も含めると約200名いる社員を10人前後のチームに分け、策定した時の心境や込められた想いを改めて阿部自ら語ってもらうことで、さらなる理解促進や浸透を図り“みんなの立ち返る場所”にするのが狙いでした。

やり遂げるまでに1年ほどかかりましたが、例えばスパークスの行動規範である『ARTSの精神※』のAはARIGATOU(アリガトウ)とも言えるよね、など新たな解釈が生まれ、非常に意義ある取り組みになったと思います」

「全社チャットの中で、ARTSの精神に則った、小さくて見えにくい行動を社員が紹介し合い、ありがとうと日常的に成果を称賛し合う、自分はココで必要とされているんだと感じる。こういう時世だからこそ、感謝やリスペクトを伝え合う場づくりが改めて必要だと思うんです」

※ARTS=Aggressive,Responsive,Thorough,Sympatheticの頭文字を取ったスパークス・グループの原点

スパークス・グループの求人・採用情報を掲載しています

数値化できない我が社の“威力”を、最大化したい


阿部がつくり上げた唯一無二のカルチャーを、次世代にどう伝承していくか。そして次のリーダーをどのように育てていくか──今の経営課題について問うと、峰松はこう回答した。

「スパークスはこれまで、小型株運用から長期厳選投資戦略、集中投資戦略、ロング・ショート戦略と果敢に打ち手を広げてきました。こうして新たな挑戦を続けてきたことが、独自のプレゼンスにつながり、成長の源泉にもなってきた。ですから今後も社員がやりたいことを後押しする攻め手でありたいですね、決して守りに入ることなく。

管理部門の長としては緩い考えなのかもしれませんが、先ほどもお話ししたように、経営者だった父親の背中を見て育ったので、新規事業を応援したい、アイデアを一緒に形にしたい、という気持ちがどうしても前面に出てきてしまうんですよね」

かつて、会計士として監査法人に勤務していた時、数字では表せない企業の個性やパワーがあると知り、会計の限界を感じたという峰松。「数字では表せない会社の威力を、外から眺めるだけではなく、内から創る主体になりたい」という欲求が、スパークス・グループへ転職する動機につながったという。

「リーマンショックでの転落時、実は、退職される方々と一緒に、最後は自分も会社を退職すべきではないかと悩んだこともあるんです。しかし最終的には、自分はまだまだやれることがあるんじゃないかと思いとどまって」

もっと良い会社にしたい、ここに集まった人の力を会社として最大化していきたい──峰松のシンプルな言葉が胸を打つ。この会社の基盤は、“彼の数値化できない想い”によってますます強靭なものとなるだろう。

スパークス・グループの採用情報をみる

Promoted by スパークス・グループ

あなたにおすすめ