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ユリ・エンゲストロム ベンチャー投資家

アメリカとフィンランドを行き来する新世代「クロスオーバー・スカンジナビアン」は、人が見過ごす社会の動きに投資する。


新型コロナウイルスがアメリカで流行し始めた当初、検査は高額で、裕福な人しか受けられなかった。社会がパニックになるのを見て、ユリ・エンゲストロム(Jyri Engestrom)(45)は、取締役を務めるサンフランシスコのスタートアップ企業「Primary. Health」で地元自治体や企業と協力し、誰もが無料で受けられる迅速なモバイルテストシステムを構築した。

エンゲストロムによると、創業2年足らずで、昨年の売り上げは4000万ドル(約45億円)を超えたという。「僕の仕事は、テクノロジーで世の中の動きを早めることだから」。ヘルシンキの街中にとめた車の中からのオンライン・インタビューでそう話す。

エンゲストロムは2006年にフィンランド版Twitterとも言える短文投稿サイト“Jaiku”を創業し、07年Googleに売却(“Jaiku”の名前は日本語の“俳句”からとった)。GoogleでGmailのモバイル・アプリやカレンダーのプロダクト・マネジャーとして働いた後、11年に創業したモバイルレコメンデーション・アプリDittoを12年にGrouponに売却。

18年、妻でパートナー、Etsyの共同創業者でもあるカタリーナ・フェイクとともにアーリーステージのベンチャー投資会社、YesVCを立ち上げた。これまでにメール高速処理アプリのSuperhumanやブロックチェーン・ゲームのCriptoKitties、子ども向け知育おもちゃサブスクリプションのLoveveryなど、ソーシャル・ムーブメントとテクノロジーが交わる分野に投資している。

「なぜ初期ステージなのか?」という質問に、「もちろん、もうかるからだよ(笑)」とエンゲストロム。「それから、僕は人よりも早く、次に来るものを探し出すのが得意なんだ」。

大学院で社会学を修め、社会学者を自任する彼は、世の中のささいな変化を見逃さない。

「実は、90年代後半〜2000年代初頭に大阪に住んでたんだ。“ケイタイ”の仕事でね。とても刺激的だったよ。あのころの日本の何が楽しかったかっていうと、社会とその変化に敏感な人たちと仕事ができたから。博報堂らが渋谷で仮想通貨の実験を行ったり、大阪ではNAM(注・ニューアソシエイト・ムーブメント。柄谷行人らが2000年に開始した日本発の資本と国家への対抗運動)が起こったりね。そういう人たち。僕は、ビットコインをつくったのは日本人じゃないけど、影響を与えたのは確かだと思うよ」

インタビュー=柴山由理子 文=岩坪文子 写真=ヨーナス・ブランド

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