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朝日新聞外交専門記者

2004年1月16日、イラクに向かう自衛隊の先遣隊が防衛庁での式典に臨んだ(Photo by Katsumi Kasahara-Pool/Getty Images)

一昨年4月に死去した外交評論家の岡本行夫さんをしのぶ会と自伝出版記念会が21日、都内のホテルで行われた。新型コロナウイルスに倒れた岡本さんだったが、コロナのために延び延びになっていた会合だった。初めてお会いしたのは、岡本さんが1996年11月に橋本龍太郎内閣で首相補佐官に就任されたころだった。

当時、外務省担当だった私は、岡本さんのタブーにとらわれない外交論に魅了された。岡本さんの考え方には、保守が唱える「日米同盟死守」も、革新が訴える「憲法9条死守」もなかった。常に自分で学び、自分で考えていた。しのぶ会に足を運んだのは、ロシアによるウクライナ侵攻や台湾海峡危機など、混迷する安全保障問題について、「岡本さんならどう考えるだろうか」と思っていたからだ。

果たして、あいさつした森喜朗元首相は「岡本さんにロシアの問題を是非聞いてみたかった」と語った。「政治も外交も、目標は平和をつくり出すことだ」、行き当たりばったりの「そのとき外交が目立つ」「外交官は70歳、80歳まで続けた方が良い。任期(担当)のときだけ考えれば良いというものではない」とも続けた。

岡本さんは1945年生まれ。68年に外務省に入省し、北米1課長などを務めた後、91年に退官し、橋本内閣と小泉内閣で首相補佐官を務めた。湾岸戦争、沖縄問題、イラク戦争など、難しい安全保障政策ばかりに取り組んだ。小泉純一郎元首相は、おわかれの会で「イラク戦争で岡本さんに助けられた。日本もブーツ・オン・ザ・グラウンドをやった方が良いと考えた。武力行使はしない、人道・復興支援のために、自衛隊をイラクに派遣することになった」と語った。

岡本さんの外務省の後輩にあたる上村司中東担当政府特使は、岡本さんの際だった外交術の特徴として「3つの岡本イズムがある」と語った。ひとつは、前例にとらわれず、「自分の頭で一生懸命考える」ことだという。私が最後にお会いしたとき、岡本さんはFMS(米国による対外有償軍事援助)について、「米国にばかり武器を発注するから、国内産業に受注が回らない。米国のことばかりみていると、足元がおろそかになる」と語っていた。「米国ばかりに頼るな」と語る一方で、海外マーケットを開拓するなど、米国に頼らない防衛産業の育成にも力を入れるべきだと説いていた。これこそ、「自分の頭で考える」ということだろう。

ロシアによるウクライナ侵攻によって、国連は機能せず、核不拡散条約(NPT)体制が怪しくなるなど、戦勝国が中心に座る戦後秩序が揺らいでいる。当然、戦後秩序の上に作られた日本国憲法や非核3原則、専守防衛なども見直しを迫られる事態になっている。岡本さんのように、自分の頭で考えなければ乗り切れない時代が来ている。

文=牧野愛博

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