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左|永井希依彦、中央|井上智治、右|石坂泰章

技術革新や市場変化が加速するなかで注目されるアート思考。いま、真にビジネス界が求める「アート力」とは何か。アートに魅せられた経営戦略コンサルタントが、アート界のスペシャリストとともに考察する。


デロイト トーマツでは、アート思考への企業の関心の高まりと世界のアート市場拡大を背景に、アートを起点とした経営戦略コンサルティングを推進。その業務を主導するのが、若いころに研究者として人々の行動が地域社会に与える影響を調査した経験をもつ、永井希依彦だ。2000年に芸術祭が開催された越後妻有で、アートという一石が投じられたことで住民の意識や生き方までもが変わっていく光景のなかにアートの力を感じ取った。

本稿では、永井と、コンサルティングを本業に「アート×ビジネス」の接点も多いカルチャー・ヴィジョン・ジャパンの井上智治、最も歴史あるオークションハウス、サザビーズジャパンの石坂泰章が、ビジネスとアートの交差点で知見を語り合う。

「対峙する」ことでパラダイムシフトは起こる


永井希依彦(以下、永井):アートの取引市場は、アジア新興国の富裕層を中心にコレクターが増えており、裾野が広がっている。勢いがありますね。

石坂泰章(以下、石坂):コロナ禍で家の中に豊かさを求めるようになったことも影響し、特にオンライン取引の増加が顕著です。サザビーズの昨年の売り上げは約73億ドルと過去最高を記録しました。

永井:やはり規模が違いますね。日本のアート市場は伸びしろがあるといわれつつ伸び悩んでいますが、いい兆しも見えていて、アーティストの創造性をビジネスに活かしたいという企業が増えています。2年前ぐらいまではアートで何かできないかという漠然とした相談だったのが、最近は、現代アートの文脈で社会の一部を切り取り、そこに自社の考えを示すことによって心を揺さぶるようなメッセージを届けたい、といった具体的な内容を伴った相談が多くなってきています。

井上智治(以下、井上):アート思考の拡大・深化を反映しているのかもしれないですね。元来はゼロベースで物事を考えることでイノベーションを起こすという、ビジネス中心の思考法でしたが、最近は企業が社会課題と向き合うSDGsやESG、人間の幸福感などを追求するウェルビーイングのアプローチ法としても注目されています。

石坂:アートに関心をもつ人が増えているのはとても喜ばしい事象です。ただ、アートは本来ビジネスだけのものではないので個々人が純粋にアートと対峙する時間を失ってほしくはないですね。私がよく引用する言葉は、エドワード・ホッパーの「すべてを言葉で言えるなら、私が絵にする理由などない」。時には寂しさや喜び、時には体制に対する挑戦や問題提起。アーティストがその繊細な感性をもとに発する「問いかけ」に耳を澄ますことで、思考が深まり、パラダイムの変換が起きる。それがアートの力であり、私がアートを愛好する理由です。欧米のビジネスエリートとアートとの距離が近いのは、自分との関係性のなかで多様な刺激を得ているからではないでしょうか。


「アートの「問いかけ」に耳を澄ますことで、思考が深まり、パラダイムの変換が起きる。それがアートのもつ力なのです」(サザビーズジャパン代表取締役会長兼社長 石坂泰章)

井上:よくわかります。アートと真摯に向き合うことは、アートやアーティストへのリスペクトにもつながりますしね。基本的にアートとビジネスは性質上大きく異なりますから、ふたつを昇華させていくにはそれなりに時間がかかりますし、経営者の覚悟も必要です。日本の経営層でもこの点に気づく人は増えてきていると感じています。カルチャー・ヴィジョン・ジャパンでは、経済同友会や新経済連盟と組んで美術館ツアーなども実施しており、こうした活動は日本のアートを巡る成熟した文化を育むためにも継続していく方針です。


「ビジネスがアートと真摯に向き合うには時間をかける覚悟が必要。この点に気づく日本の経営層は増えてきています」(カルチャー・ヴィジョン・ジャパン代表理事 井上智治)

時代が求めた、アート優先の未来像


石坂:「アート×ビジネス」に関する具体的な取り組みも、近年は活発化してきているようですね。

井上:はい、さまざまな企業と取り組みを行っています。例えば、企業のカフェテリアをアーティストの滞在制作の場にする試みを複数実施しています。アーティストが制作活動を行う一方、ワークショップで一緒に自分たちの作品を制作・展示。トップから社員までがアートやアーティストの思考を学び、アートがもつ力を体感し、イノベーション・アイデア手法を得るシナジーが生まれています。

永井:アーティストの創造性がビジネスのさじ加減で大きく花開いたという事例もあります。駅の改札機などをつくるインフラの会社で新規事業を考えるにあたりアーティストとCGデザイナーを交えてワークショップを実施。30年後の未来の駅をアーティストが詳細に描き、そこに従来の無機質な改札機や監視カメラを置いてみると、強烈な違和感があった。そこで商品コンセプトをゼロベースで見直し、カタチから性能まですべて変えていきました。その試みを公開したところ、ほかの鉄道会社からも引き合いが舞い込んだのです。


「いま、企業は多くのものをアートに求めています。アート性を損なうことなく、その間をつなぐのが私たちの責務です」(デロイト トーマツ グループ 永井希依彦)

石坂:日本企業は伝統的に技術優先での商品設計を重視してきましたが、技術がコモディティ化していることも多い現代では、アート優先のほうが実はいい結果が得られることも多い。これからはコンサルティング会社主導で新しい価値を創造していく、そんな時代がすでに始まっていますね。

永井:まさにそのとおりで、アートとビジネスの間をつなぐのが私たちの責務だと思っています。今後はアート取引市場の健全化のためのルール策定や、作品の評価基準の確立など、国の制度改善に向けての働きかけも行っていく考えです。

井上:アートギャラリーや美術館にも新風を吹き込む必要があります。エコシステムがまわることでアートの力は高まっていくのですから。


永井希依彦◎1979年生まれ。米コーネル大学大学院修了後、大手重工業を経てデロイト トーマツ グループ入社。文化芸術領域としてアートフェスティバルの事業評価、金融機関向けアート起点事業計画立案、アート起点エリア再開発計画立案での提言等に注力。

井上智治◎1955年生まれ。東大法学部等卒。2005〜20年東北楽天イーグルスオーナー代行。08年~12年・19年パ・リーグ理事長。15年~カルチャー・ヴィジョン・ジャパン代表理事としてさまざまな文化芸術分野の活動に取り組む。美術出版社会長、早稲田大学ビジネススクール客員教授等。

石坂泰章◎1956年生まれ。成蹊大学法学部卒。80〜87年三菱商事勤務。87〜2005年20世紀美術の画廊を経営。東京藝術大学非常勤講師。05〜14年サザビーズジャパン代表取締役社長。19年サザビーズジャパン代表取締役会長兼社長。

Promoted by デロイト トーマツ / text by Sei Igarashi / photographs by Shuji Goto / edit by Yasumasa Akashi

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