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君の話にスパーク(閃き)を感じたよ──

ウォーレン・バフェット氏、ジム・ロジャース氏に並ぶ世界三大投資家、ジョージ・ソロス氏にこう言わしめた男、阿部修平。彼が1989年に設立したスパークス・グループは、資産運用会社として日本で初めて株式上場を果たすなど、長きにわたり躍進を遂げてきた。

彼の人生を大きく変えたのが、2本の自筆レポートだった。

「新卒で入社した野村総合研究所(以下、野村総研)では、新人研修の一環で作成した英文レポートが野村證券の目に留まり、ニューヨークオフィスへの赴任が決まりました。その4年後、現地でワンマンカンパニーを起業することとなり、顧客を増やすために作成したのが日本株の投資アイデアをまとめた“Take over opportunities in Japan(日本における企業買収の機会)”です。

このレポートがきっかけとなってソロス氏から1億ドル(当時の250億円)を預かり、運用を任されることになったんです。当時、私は31歳。依頼された時はもう舞い上がってしまって、彼の事務所にコートを忘れて帰る始末でした(笑)」

野村総研に入社しなければ、ニューヨークへの赴任を命じられなければ......今の自分はなかったと語る阿部。半生を彩る稀有な出会いと、投資哲学について迫った。

アメリカにて──今の日本を代表する、経営者たちとの出会い


「とにかく英語をマスターしたかったんです。趣味の音楽を通じて、アメリカにはずっと憧れがありましたし。ですから上智大学に入学した後は、日米会話学院へ夜間通ってみっちり勉強しました。そうしたら、学院長の板橋先生から『1年ぐらいアメリカに留学してみたら?』と声をかけられて」

板橋先生とは、故・板橋並治のこと。戦後の英語教育における第一人者だ。阿部の話に耳を傾けていると名だたる人物が登場するので、都度驚いてしまう。

板橋のアドバイスを受けて、阿部がアメリカに渡ったのは大学4年の時。しばらくして「この国とは水が合う」と感じた彼は、バブソン大学経営大学院でMBA取得を目指すことにした。

そのキャンパスで出会ったのが、現在トヨタ自動車で代表を務める豊田章男、イオングループのCEOである岡田元也など、今の日本を代表する経営者たちだった。

そうした同窓生との出会いから、自分も日本を代表するような企業を創り上げたいと思うようになった。

そんな想いからスパークス・グループは2015年から「未来創生ファンド」というベンチャーキャピタルの運営もスタートし、次世代を牽引する起業家を支援している。既に3号にわたって設立されており、その投資分野は幅広い。知能化技術・ロボティクス・水素社会実現に資する技術・電動化・新素材に加え、3号ではカーボンニュートラルが加わった。

これまで投資した先は、国内ベンチャーをはじめ、米国、英国、ノルウェー、イスラエル、シンガポール、インドネシアなど世界中に広がり、運用資産も拡大し続けている。

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「What do you think?」ジョージ・ソロス氏の問いかけで学んだ、投資の基本


阿部の半生を語る上で、欠かせない人物がもう一人いる。冒頭に記した、ジョージ・ソロス氏だ。なぜ阿部は、彼に件のレポートを送ることになったのか。経緯について触れておきたい。

野村證券ニューヨークオフィス勤務を経て、ウォール街でアベ・キャピタル・リサーチを創業した阿部。そのきっかけもまた、ドラマに満ち溢れていた。

「野村證券では日本株のセールスを担当しており、ニューヨークを拠点とするさまざまな国々の投資家とは交流がありました。起業を勧めてきたのは、公私共に親しくしていた著名な投資家です。

私はまだ社会人4年目でしたし、海外で会社を起こすのにはなかなか勇気が要りましたね。それでも『自分の可能性を試してみよう』と思えたのは、ヨーロッパのある富豪から巨額の資産運用を依頼されたからです」

時は1985年。日本ではバブル景気の兆候が見え始めていた。日本株の運用を生業としていたアベ・キャピタル・リサーチは、創業日から好スタートを切る。

プラザ合意が発表されたのは、開業から5カ月後のこと。日本株は一時的に急落し、唯一の顧客との関係にひずみが生じた。改めて新規顧客開拓の必要性を感じた阿部は、大切に温めていた日本株の投資アイデアレポートを、米国の10大投資家に宛てて送ることにした。

「連絡が来たのはソロス氏のみ。彼は早くから日本株に着目し、投資を進めていました。プラザ合意の翌日には、一日で4,000万ドル(約90億円)を稼ぐという驚くべき成果を上げています。

オフィスに呼ばれた私は、レポートに記した不動産・電鉄会社の株式への集中投資戦略について、2時間ほど費やして説明しました。バリューインベスティングの考え方が浸透されていなかった当時の日本では、不動産など含み益を抱えた企業の株が、割安のまま放置されていたのです。話を終えるとソロス氏は“スパーク(閃き)”という賛辞と共に、1億ドル(当時の250億円)もの運用を即決してくれました」

その後、阿部はソロス・ファンド・マネジメントのファンドマネージャーとして3年間従事した。ソロス氏からはセオリーだけでなく、生き方や考え方についても多大な影響を受けたと彼は話す。

「彼に常に『What do you think?』と問いかける人でした。相場に正解はないですから、誰かに教えを乞うのではなく、自身が思考することに意義があります。ソロス氏からはこうした投資の基本を数多く学ばせてもらいました」

バフェット流を踏襲し、資産運用会社としての成果を最大化


世界で最も信頼、尊敬されるインベストカンパニーを、日本に設立したい──帰国した阿部は1989年、新たなオフィスを立ち上げた。現在のスパークス・グループだ。マンションの一室で6人の仲間と共にスタートした同社は、今や日本を代表する資産運用会社へと成長した。

「『マクロはミクロの集積である』、これは創業以来持ち続けている投資哲学です。

経済全体(マクロ)を構成する一つひとつの企業(ミクロ)を丹念に調べることが、大きな投資機会を見つける術。そのため当社では例年3,000回前後の企業調査を実施し、経営陣との面談を重ねています」

阿部はこうした投資哲学や株式投資する上で守るべき規律を会社のカルチャーに落とし込むため、自らの手でファンドマネージャーやアナリストを育成してきた。社内勉強会の名は「バフェット・クラブ」。言わずもがな、ソロス氏と並ぶ著名投資家、ウォーレン・バフェット氏に由来している。

「最近では、2020年に彼が日本株に本格投資をした時、割安な株へ投資するバフェット流の『バリュー投資』が話題になりましたが、こうした投資手法だけでなく、企業を選択する着眼点においてもバフェット氏には学ぶべき点が多い。

例えば、中長期の投資においてバフェット氏は『企業の基礎力を見極めること』を重視していますが、それを確かめるには‟高ROE(株主資本利益率)”かどうかをチェックするのが近道です。

優良企業の経営者は常に、取引先への支払い、従業員への給与、税金などをしっかりと納めた上で、株主還元をいかに大きくするかという視点で経営に当たっているからです。

業種や業態によってROEの差があるため『それは健全な高ROEか』『持続可能なのか』といった多角的な視点は必要になりますが」

ソロス氏は原点、バフェット氏は手本──30年以上にわたり、バフェット流を踏襲してきた阿部は「私の選んだ方向性は決して間違っていなかった」と振り返る。今日までのスパークス・グループの隆盛を辿れば、その真偽は火を見るよりも明らかだ。

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ハッピーをつくる事業にこそ、積極投資を


「次世代を担う子どもたちのために『ハッピーをつくる』のが企業の役目。では、資産運用会社である私たちのミッションは何か。幸福を生み出す事業の実現を目指して、潤沢な資金を供給するための“橋”を架けることなんですよね」

スパークス・グループが目指す姿について、こう表現した阿部。同社では、前述の「未来創生ファンド」のほか、エネルギーや宇宙など未来を感じさせるファンドを数多く組成している。

加えて、再生可能エネルギー発電事業にもいち早く参入している。グループ会社であるスパークス・グリーンエナジー&テクノロジーは、2012年に設立。当時はまだSDGsという言葉すら世に出ておらず、周囲からは訝られる声も少なくなかったという。

あらためて、阿部が投資をする基準は。

「橋の向こうにドキドキすることがあるかどうか。この一言に尽きますね。

再生可能エネルギー事業を立ち上げる時は本当に大変でしたが(笑)、どんなに時期尚早であろうとも未来を託したいと思える事業にはしっかりと投資したい」

音楽のみならず、投資にもリズム感が大事なんだよ──最後にこう語った時の阿部の笑顔が、やけに心に焼き付いた。

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