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岸家 代表取締役 岸信之

半導体を扱う企業の商社マンから一転、古都鎌倉で、日本の美意識と禅の教えが体験できる1日1組の貸切宿「Modern Ryokan kishi-ke」の創業経営者となった岸 信之氏。その背景にある物語から、日々宿泊客たちと紡ぐ「知足」を体験するライフスタイルまでを聞く。


祖父の教えに導かれた
「知足」をコンセプトとした宿の開業


──今日は鎌倉に「Modern Ryokan kishi-ke」を訪ねています。ここは本物の和を感じさせながら、モダンなセンスのもとにまとめられた空間が非常に洗練されていて心地が良い。さらに目の前に広がる海の眺めが、心を開放してくれます。どのような発案からつくられた場所なのでしょうか?

最初は古民家の移築や改築を考えていたのですが、海に面したこの土地では難易度が高いと言われまして。だったらいっそ、いまの感性で、日本文化の粋を体験できるような施設にしたいと考えたのがきっかけです。建築は、日本の伝統様式とモダンデザインの融合を得意とする田中亮平さんにお願いしました。



──建築家にはどのようにイメージを伝えたのでしょうか?

妻の仁美がもともとプロダクトデザイナーなので、僕が考えるコンセプトを具体的な言葉にして伝えてくれました。妻はインテリアにも手腕を発揮してくれて、家具や調度品、食器などはすべて彼女のセレクトです。



──「Modern Ryokan kishi-ke」の根底にあるコンセプトについてお話しいただけますか?

「足るを知る」という禅の教えの言葉がコンセプトとなっています。かつて僕は、半導体の商社で働くサラリーマンでした。祖父と一緒に東京に住んでいたのですが、祖父が亡くなって半年くらい経った頃、海外出張で出かけていた先のホテルで、ふと祖父と玉露のお茶の思い出が脳裏に蘇ったんです。

玉露というのは1回淹れるのに5分くらいかかって、しかも3煎か4煎は飲める。「お茶」となると、15分から20分くらいかかるものなんです。祖父は僕が忙しい時に限って「ノブ、玉露を飲もう」と声をかけてきました。実は当時、嫌だったんですよ。祖父は結構怖いところもあって(笑)。断れなくて、毎回渋々付き合わされたものです。



ところがいま思い返すと、お茶を飲んでいる間に、忙しさでカオスになっていた頭の中がいつのまにかすっきり整理されていたんですね。そんな体験が、急にフラッシュバックして頭に浮かんだんです。そうか、祖父はお茶を通じて僕を助けてくれていたのだと理解しました。そういう日本の知恵を、文化をほかの人たちにも伝えたいと思いました。

帰国してすぐ、妻に「日本文化に触れる宿をやってみたいと思うんだけど、どう思う?」と話したら「いいね、やってみようよ」と背中を押されました。そんな出来事が、そして元を辿ると祖父の慈しみの教えが、この宿を開くにあたっての根底にあるのです。

──おじい様の、言葉によってではない以心伝心の気遣いや教え、そして奥様との信頼関係も素敵ですね。

商社で働いていた頃、実は周りにはメンタルを損なう人たちが少なくなかったんです。熾烈な競争のなかで、精神の安定性を損なってしまう人たちを見て、これでいいのだろうかと自問していました。そうしたとき、ふと記憶に蘇った祖父との玉露の時間が、日本の伝統文化としての心の充足の仕方、「足るを知る」ということを教えてくれた。それがきっかけとなって始めることになった宿なので「知足」という言葉をコンセプトに掲げたのです。

──「知足」の意味について、もう少し詳しく教えていただけますか?



岸家のルーツは岡山にあり、僕はその16代目にあたります。祖父は武家の出で、禅宗に帰依していました。「知足」というのは禅語です。僕は小さい頃から祖父にこの言葉を聞かされて育ったので、知らないうちに自分にとっても大切なものになっていました。

ある日、北鎌倉は建長寺の宗務総長をされていた高井正俊和尚に、宿のコンセプトについて聞いてもらう機会がありました。コンセプトは「知足」にしたいのだけれど、ハイエンドな宿とは意味的に相反するものがあるのではないかという疑念を拭いきれなかったからです。

すると、こんなことを言われました。「足るを知るは、もちろん自分が足りていることを知り、それを感謝することであるけれど、足らないことを知るということでもあるよね」と。例えばうちの宿に泊まると、いつもと違う環境になって、きっとリフレッシュするでしょう。リフレッシュして、茶道や精進料理を体験するなかで自分に向き合うと、普段の生活に何が足りているのか、何が足りていないのかが見えてくるだろうとおっしゃるのです。そんなふうに、自分の内面をポジティプに見つめ直すことのできる場所になれば、人の役に立てるよね、とおっしゃってくださったんです。

そのためにも、うちは1棟貸しで、1日1組限定でおもてなしをするという方針を取りました。人件費はかかりますし、使う食材もつくり手の方が大変な愛情をかけて育てた、裏を返すと非効率的なつくり方をされているものばかりなので、ビジネスとしては一筋縄ではいきません。しかし「知足」の考え方を体験できるような唯一無二の宿をつくりたいという想いが、いまもこうして背中を押してくれていて、そしてそれに共感してくださるお客様たちによって支えられているのです。



──お忙しくても、さぞ充実した毎日かと思います。

商社マンだった頃とは、暮らしが大きく変わりました。いわゆる職住一致ですし、住働一致でもあります。つまり自分たちの暮らし自体がkishi-keの運営と直結しているという実感があるのです。どこへ出かけ、誰と何をし、何を食べるかといった自分たちのライフスタイルがここではそのままお客様へ提供するコンテンツとなっていて、生きること、働くことがすなわち楽しみと合致しているような、充足した実感がありますね。お陰さまで、無理なく自然体で精進できています。

──コロナの影響はあるのでしょうか?

以前はインバウンドのお客様が多かったのですが、まだしばらくは戻ってきていただけません。ところが、過去にいらしていただいたことのある海外のお客様たちから、例えば「自分の家のインテリアを和風にしたいから、家具調度品を日本で見繕ってもらえないか?」とか「茶器を揃えたいから、宿で使ったようなものを揃えてもらえないか?」といったような相談を受けていまして。それが意外と売上にも繋がっていたりして、助けられています。



──宿泊体験の先に、思わぬ繋がりや広がりがあったのですね。

泊まって終わりではなくて、お客様がkishi-keのコンセプトやライフスタイルに共感してくださっているということが分かって、とても励みになります。

そこでしか出合えない日本発見の体験がある
新しいカテゴリーの宿を広げたい


──オープンして3年目ですが、手応えはどうでしょうか? これまでの評価と、これからの課題とは?

もともと海外のお客様にはコンセプトの部分から共感いただけていたので、コロナは痛手となりました。一方で、その間に国内のお客様にもいつのまにか「足るを知る」とか「心を整える」とか「自分に向き合う」といったような、我々の提案する旅のスタイルや考え方が浸透してきたという手応えがあります。去年あたりから、国内メディアにも取り上げていただく機会が増えてきました。

この先を考えると、国内外を問わず、我々の提供する価値にご興味をもってくださるお客様と一緒に歩き続けたいと思います。マーケット的には、同じような規模の宿泊施設を見ても、うちの平均単価はお客様1人あたり10万円程度という上のほうに位置していて、競合があまり存在しません。この新しい分野で一緒にやってみたいと思う方々にノウハウをシェアして、マーケットを拡大していけたらと思っています。まだ日本には、富裕層に対しての選択肢として、エッジの利いた小規模施設で、かつ高級なところというのが少ないんです。

──スモールラグジュアリーの最たるものですね。



超スモールラグジュアリーです。この分野にもう少し選択肢がある方が、日本の観光も面白くなってくると思うので、ここでのノウハウをコンサルティングにも生かして、よそにも提供していけたらと考えています。より具体的に言うと、エアビーアンドビーとホテルを掛け合わせたような、ユニークかつ安心感のある宿になりたいし、その分野の仲間を全国に増やしたいと思っているんです。

──kishi-keのご当地版が全国にあると、確かに日本文化の体験が面として広がっていきますね。

ローカルコミュニティのなかでの運営という、我々がウリにしているものを全国に広げることで、地域活性化にも繋がります。それこそ、地元のお寺のご住職を訪ねて語り合うといったようなことは、地域に根ざした、自らも住人である僕らのような宿主でないと提供できないサービスではないでしょうか。

──それはユニークですし、意義のあることですね。

今年はさらに、大学生向けに、ここで無料の文化体験イベントを開催したいと思っているんです。いま、大学生がすごく苦労しているじゃないですか、もともと世代的にもパイが小さくて、さらにコロナで大学にも外にも出られないという状況があって。そんな彼らに、いまだからこそ日本の伝統文化を体験してもらい、目を開かせてあげたい。実現に向けて、県の方たちとも相談している最中なんです。

──教育への貢献ですね。何かきっかけとなるご経験があったのですか?



僕自身、例えば社会人になるまでフランス料理のコースの食べ方を学ぶ機会がなかったのですが、学生のときに体験できていると、視野もその先の体験も広がるじゃないですか。僕の分野である日本文化で言えば、僕は子どもの頃から抹茶も点てていたのですが、いまでは急須でお茶を淹れたことすらない子たちも多い。精進料理は言うに及ばずです。

──それがここkishi-keでは、宿泊を通じて体験し、学ぶことができると。

うちでは本物の日本文化に、本物を通じて触れることができますから。例えばどんなに高価な器も、飾り物ではなく実用品として使っていただいています。壊されることは滅多にありません。お子さんでも、丁寧に伝えるとちゃんと丁寧に扱ってくれる。海外のお客様も同様です。

日本文化には、相手を思いやる心というものもありますよね。以前、アメリカからいらっしゃったお客様の話ですが、お化粧室を清掃に行くと、洗面台が綺麗に拭いてあるんです。手を洗うときにはねた水も、ちゃんとタオルで拭ってくださっていたのですね。

あるいはアジアからいらっしゃったお客様は、ご夕食にコンビニ弁当を食べたいと。そこにまずびっくりしたのですが(笑)、チェックアウト後に清掃に入ると、食べた後の食品パックが全部水で洗ってあり、燃えるゴミとプラスチックゴミとにちゃんと分別されていました。

私たちが本物を使って、丁寧なおもてなしを心がけていれば、それはちゃんとお客様にも伝わって、リスペクトを込めた行動として返してくださるという、とても嬉しい以心伝心の循環が育まれているのです。



──大切に、綺麗にされているから、お客様のほうでも大切に、綺麗に使おうという気持ちが自然と湧くのですね。

プラスの想いは、そうして通じ合いながら連鎖するのだと思います。

──ちなみに、kishi-keでは精進料理を提供されていますが、これはどんなものになるのでしょうか? 

精進料理は「足るを知る」というコンセプトにも繋がっていて、季節の味を楽しんでいただけると思います。またご馳走というと、食材の一番良い部分しか出さないというようなイメージがあるかと思いますが、精進料理は無駄を出さない、食材の命をも尊重するという考え方のもとにつくられています。うちも食材の廃棄率はほぼゼロに近い。例えば野菜の皮だったら乾燥させたり、お出汁にしたり、菓子に使ったりといった具合に工夫して使い切ります。最近になって、サステナビリティやSDGsといった言葉がよく言われるようになってきましたが、精進料理には「古きに新しきを知る」を体現するものがあります。もともとは仏教と共に日本に渡来し、のちに懐石料理に発展していくという非常に歴史の古い料理ですが、一周回って世界の最先端を行く料理となっているのです。

うちではそれを、日本茶とのペアリングで提供しています。日本茶も、地方によってさまざまな種類があるにもかかわらず、知られているものは非常に少ない。それを料理と一緒に体験していただけるようにしています。

──どれくらいの種類があるのでしょうか?

常時30〜40種類ぐらいは揃えています。例えば高知県の碁石茶は乳酸菌で発酵させるお茶で、独特な酸味があります。それが料理を引き立ててくれるので、お酒とはまた一味違ったマリアージュをお楽しみいただけます。お茶に合わせて急須も器も全部変えているので、その違いも味わっていただけると嬉しいですね。

──それは楽しみですね。では例えば連泊して、ここを起点に鎌倉の休日を楽しむとすれば、どんな過ごし方があるでしょうか?



お客様のお好み次第なので、普段はいらしていただく前に最低でも10通はメールのやりとりをします。例えば海がお好きなら、長者ヶ崎に知り合いのマリンショップがあって、プライベートビーチ感覚の海でSUPやウィンドーサーフィンをお楽しみいただけます。あるいは日本文化にご興味があれば、知り合いの日本茶カフェにお連れしたり、食事ができる古民家へご案内したり、kishi-keで借りている茶室でお茶を召し上がっていただくことも。お寺の敷地になるので、お庭の散策も楽しんでいただけますし、大晦日であれば除夜の鐘を撞いていただく体験もアレンジできます。

──まさに鎌倉ならではの体験ですね。

自信をもって言えるのですが、そうしたアクティビティの開発に、我々の規模で、ここまで時間と費用をかけているところはほかにないでしょう。鎌倉に根ざしているからこそ、地元の方たちの協力も得ながら特別な体験をご提供していきたいと思っています。

──改めて、鎌倉の魅力はどんなところにあるのでしょう? 

鎌倉の魅力は多くありますが、人に尽きます。美しい山と海、そして寺社をはじめとする貴重な建築物がありますが、そこを舞台に暮らす人々が何より魅力的なんです。東京からの距離が近いこともあり、元から地元に住む方たちに加えて、東京を活躍の舞台としながらも、自然豊かで、かつ歴史と文化のある鎌倉の地で暮らすことを選んだ、豊かな感性とライフスタイルをもつ方たちがいる。彼らはこの地で地元の方々と交流し合い、新たな文化を生み出しているんです。

──そんな素敵な鎌倉で「Modern Ryokan kishi-ke」を運営する岸さんですが、頑張る力はどこから生まれるのでしょうか?



鎌倉というありがたい環境への感謝でしょうか。生きる力の根源ですが、ここには健康的で美味しい食があります。そして、古くて新しい日本文化に触れられる喜びがあります。さらに、四季折々の表情を見せる豊かな自然に恵まれている。綺麗な空気を吸って、海沿いの道を毎朝ジョギングするようになって、それを肌で感じています。

ビジネススキルとしての日本文化がある


──まとめになりますが、Forbes JAPAN SALONに期待することと、他の会員へのメッセージがありましたら教えていただけますか?

横の繋がりをもちたくて入会しましたので、気軽に誘い合って、新しいことに一緒にチャレンジしてみたいですね。例えば、新しいオフィスを立ち上げるから100人相手にお茶を点ててほしいと言われたら喜んで行きます(笑)。またサロンには、日本文化のスペシャリストもいらっしゃいますから、kishi-keを教育や体験の場として使ってみたいというふうに興味をもっていただけたら、ぜひお声がけいただきたいですね。

最後に一つ、ぜひ皆さんに伝えたいことがあります。皆さん、恐らく普段の仕事では、Macを開きながら、スマホをいじりながら、複数の「ながら」を同時進行させているのではないでしょうか。ところがそうしたパラレルワークは生産性が悪いというのが僕の持論です。いろんな考えが交錯してカオスになり、自分が何をやっていたのかすら分からないまま時間が過ぎている、というような経験はないでしょうか?



茶道や華道をはじめとするお稽古事の文化では、道具を扱うとき、実は一度に両手を使うようなことは滅多にありません。右手で柄杓をもてば、左手はそっと添えるだけ。常に1点に集中しているのです。すると、心の視野が開けてきます。普段見落としているものが見えてきます。それが頭をリフレッシュさせ、身体を良い方向に変えてくれます。頭をパラレルワーク脳からシングルワーク脳に変えることによって、落ち着いて物事が考えられるようになり、集中力が高まり、能力も向上します。日本の伝統文化は、その所作や型を通じて物理的に脳をリセットしてくれる作用があるのです。

スポーツも、ルーティンをやることによってスイッチを入れられるということが言われていますが、日本の伝統文化はまさにその極致なのではないでしょうか。ビジネススキルとしての日本の伝統文化という観点でも、ぜひご興味をもっていただけたら幸いです。


きし・のぶゆき◉株式会社岸家 代表取締役。岡山は池田家の重臣として仕えた武家 岸家の16代当主。上智大学国際関係法学科卒。在学中ウィンドサーフィン部に所属し鎌倉で多くの時間を過ごす。商社の営業マンとして国内外の多様な人々と関わり心の充足について強く考えるようになり、今は亡き祖父の教えの一つ、知足という考え方が大事だと気づく。海と山、そして禅寺の多い武家の古都鎌倉を愛する。知足をテーマとした日本文化体験型の宿「Modern Ryokan kishi-ke」を2019年より運営開始。

Promoted by Forbes JAPAN SALON / interview & text by Shigekazu Ohno(lefthands) / photographs by Takao Ota

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