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シネマ未来鏡


一方、家族にも変化が起きる。魚を買い叩く漁業組合に反旗を翻して、父フランクが「自分たちで魚を売る」と宣言して、漁師たちを糾合して協同組合を設立する。その交渉ごとに「通訳」として忙殺されるルビーは、その忙しさから顧問の教師のレッスンにたびたび遅刻することになる。

バークレー音楽大学への進学を諦めきれないルビーは、家族に音楽への道に進みたいと打ち明ける。しかし家族には手話を通訳するルビーが必要だと主張する母ジャッキー(マーリー・マトリン)の強い反対にあい、「歌うのが好き」という彼女の音楽に対する思いは揺らぎ始めるのだった。

聴覚に障がいを持つ俳優を起用


最初にも述べたように、この作品には心が動かされる「感動どころ」がいくつも存在する。それらのシーンは基となった作品「エール!」にも登場するものではあるが、女性監督であるシアン・へダーは巧みにそれらを「変奏」して、さらに印象深いものとしている。

しかも、へダー監督はただベタな感動を物語るのではなく、あくまで繊細に構築された映像と俳優たちの演技で見せていく。このあたり、実に映像巧者だ。映画は、言葉ではなく映像によって表現されるものだということをしっかりと心得ていると言ってもよい。

さらに「エール!」では登場しなかったエピソードも新たに付け加えられており、主人公ルビーとともにバークレー音楽大学を目指すマイルズとのデートシーンなどは作品をさらに新鮮なものにしている。また「エール!」では弟という設定であったが、これを兄に変更して主人公の運命を左右する重要な役柄としている。

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(c)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

心が揺さぶられるシーンをひとつだけ紹介しておくと、それは作品中で少しの間、無音になる場面だ。これによって観る側の視点は鮮やかに切り替わり、それまで観ていた光景が一変する。どの場面かは観てのお楽しみだが、その他にもすれっからしの筆者でも思わず涙腺が刺激されるシーンが多々ある。

監督のシアン・へダーは、この作品のキャスティングをするにあたってルビーの家族である父と母と兄の役に、実際に聴覚に障がいを持つ俳優を起用している。「耳の聞こえない人の役があるのに、耳の聞こえない優秀な役者を起用しないというのは考えられなかった」と語るヘダー監督。このあたりにも作品への強いこだわりが見える。

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(c)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

またルビー役のエミリア・ジョーンズの歌と演技と「手話」も見事なものだ。彼女がジュディ・コリンズの名曲「青春の光と影(Both Sides, Now)」を歌うオーディションの場面にも、特別な趣向が凝らされており、作品のクライマックスを大いに盛り上げている。

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(c)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

ルビーの相手役のマイルズには、音楽映画の名作「シング・ストリート 未来へのうた」(2016年、ジョン・カーニー監督)で主人公を演じたフェルディア・ウォルシュ=ピーロを起用。このあたりにも心憎い配慮がされているようにも思える。

昨年のアカデミー賞は、作品賞に「ノマドランド」が輝き、監督であるクロエ・ジャオは女性監督としては史上2人目の監督賞を受賞した。シアン・へダー監督がそれに続くかは予断を許さないが、少なくともノミネートされるのではないかと期待されているし、「コーダ あいのうた」がその価値のある作品であることは確かだ。

連載:シネマ未来鏡
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文=稲垣伸寿

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