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「11歳でプログラミングを始めたのですが、ある時、自分で作ったフリーソフトが雑誌に紹介されたんです。それが、私がこの世界で生きていこうと思ったきっかけですね」

自作のソフトを多くの人が使い、喜んでくれた。それが何よりうれしかったと、秋山博紀(あきやま ひろき)は、はにかみながら語った。

青年となったパソコン少年は、U-20プログラミングコンテストで経済産業大臣賞最優秀賞を、未踏ソフトウェア創造事業採択、そしてスタートアップの共同創業と輝かしい道を歩いてきた。

そして今、Nota株式会社(以下、Nota)という場所でVP of Engineeringを任されている。「Gyazo」「Scrapbox」「Helpfeel」など独自の技術を生かしたプロダクトを開発・運用する新進気鋭のITスタートアップ企業だ。

実は前職のスタートアップは、志半ばで大手に対してバイアウトされることとなった。

失意の中にあった秋山。程なくして彼は、Notaと情熱的な出会いを果たす。直感的に「ここで働きたい!」と入社を決意し、迷わず東京からNotaのオフィスがある京都へ引っ越した。

彼を突き動かしたNotaの魅力とは何だったのか。

「僕が求めていたものがNotaにはあった」、そう振り返る秋山の言葉から、真意に迫る。

作りたかったモノを、ここでなら手掛けられる──運命的な出会い


Notaとの出会いは、東京で開催されたとあるITカンファレンス。大学在学中に創業メンバーとして参画したIT企業がバイアウトとなり、秋山は次なるステップを模索中だったという。

前職からずっと作りたいと願っていた写真ソフトは、作れずじまい。不完全燃焼な思いを抱えた秋山の前に現れたのが、スクリーンキャプチャーを簡単に撮影・保存・共有できるアプリケーションソフト「Gyazo」を開発していたNotaだった。

思わず立ち止まった。

社長の洛西一周のプレゼンテーションに聞き入ってしまったのだ。

理路整然としつつも、熱量溢れる洛西の言葉。同じく登壇していたCTOの増井俊之の「Move fast and break things」という言葉に後押しされるかのように、「ここだ!」と心を決めた。

「やりたいと思っていた仕事がここならできると感じたんです。増井さんの言葉は、実はマーク・ザッカーバーグの引用だと後から知りましたが(笑)。

Nota独自の技術と自由な発想、右肩上がりの業績。そして開発中のソフトを拡販する道のりを、これから共に経験できることが魅力的で、迷いはありませんでした」

この出会いからすぐに京都での面接に至り、スピード入社を果たした。

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B/S、P/Lの全社公開──エンジニアの強いマネタイズ観点に驚かされる


秋山が入社した2015年当時、オフィスを京都に構えていたNotaは、いわゆる「優秀なエンジニア集団」といった様相だった。社員数は6、7人。フルリモート制を採用し、自由度の高い働き方ができる企業だった。

朝、海でサーフィンをしてからそのまま砂浜でリモート会議に参加するメンバーもいるなど、自由なカルチャーに衝撃を受けた。

「時間と場所に縛られない働き方をしつつ、一人ひとりが自由な発想とスタイルで、やりたいこと、やるべきことをきっちりとやり切る。随分と自律性の高い企業だなと感じたのを覚えています」

各エンジニアが自分で作りたい機能を作り、ゴリゴリとプロダクトを磨き上げる。その真っ最中に飛び込んだ秋山は、自らも念願だった写真アプリGyazoの開発に力を注いだ。

そんな秋山に転機が訪れたのは入社2年目のこと。ランウェイの終わりが見え始め、いよいよGyazoを拡販していくことになったのだ。社長の洛西から 「マネタイズ担当を任せたい」と言われた秋山は、とにかく燃えた。

「前職では社内のコンセンサスがうまく取れず、マネタイズに失敗。それが要因で事業を手放すことになりました。いいプロダクトを作っても、しっかりと企業運営ができていなければ適切なアップデートもできず、進化しない。要はユーザーにずっと満足いただけない。

力を注いで作ったソフトだからこそ、たくさんの人に利用され、収益化して事業を継続していかなくてはならない。マネタイズの重要性を痛いほど知っていたからこそ、痛みを知る自分がやってやろうと」

綿密にマネタイズ戦略を立てた秋山は、満を持してメンバー達と話し合いを進めた。

また、そこで驚きを覚えた。エンジニア含め全員がマネタイズに関してどのような手法がベストかを考え、前向きな議論をすることができていたのだ。

「当時からNotaは社内の財務諸表(B/SやP/L)を全て社員に公開していたんです。上場企業なら当然ですが、スタートアップ企業では稀ですよね。

ただこのおかげで、“資金が底をつく時までに、マネタイズを成功させなければならない” という危機感を全員で共有でき、一気に物事が進んでいきました」

会社の財布事情を明かすことで社員の視座を上げ、全員でゴールを見据えることに成功したNota。それがGyazoの拡販を成功に導いた。そして秋山は、この手応えが何よりもうれしかった。

徹底したドッグフーディング文化が作る、Nota“らしさ”という武器


現在は京都に加え、東京オフィスも増設。人数も50名規模になったNotaだが、透明性の高い経営もフルリモート制も当時から変わっていない。マネジメントの立場から、いわゆる50人の壁などを感じることがあるかと秋山に問うと、ないと即答した。

「目標達成のために何が必要かを、あらゆる職種のメンバーと語ることができているように思います。だからこそ、ニッチもサッチもいかない!というような状況にはなったことがないのです」

規模が大きくなっても誰もが自律的に協働し、磨き合う風土を失わないNota。これが実現できるのは、透明性の高い経営ともう一つ、ドッグフーディング文化が根付いていることも要因だろうと秋山は語った。

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ドッグフーディング文化とは、ドッグフードのセールスパーソンが実際にドッグフードを食べていたというエピソードが語源と言われ、手掛けたプロダクトをまずは自分たちで試してみるというものだ。Notaではこれを文字通り徹底している。

例えば、自社プロダクトの一つである知識共有サービス「Scrapbox」は、全メンバーが書き込む共有ノートとして社内で活用されている。

仕組みは至ってシンプル。メンバーが業務進捗や課題感などを日々書き込み、解決策のアイデアや意見を他のメンバーが書き足していくというものだ。Nota流といえるのは、これを事業部を超えて全社共有しており、他部署からのアイデア、意見も豊富に集まるようになっていることだろう。

Gyazo、Helpfeelも同様に社内で情報共有ツールとしてフル活用。そのため「ここが不便」、「こんな仕組みが欲しい」などモノ言うユーザーからの意見が社内でどんどん得られるのだという。

「BtoCサービスにおいて、ユーザーの意見はとても重要です。‟いらない”と理由を語らず去っていくユーザーも多い中で、不満の根底に何があるのかを社内で掘り下げることができるのは大きな強み。エンジニアの面白みにもつながっているんです」

インタビューの終盤、開発本部のこれからについて問うと、すぐさま「このままで」と返してきた。

「伽藍(がらん)とバザールという言葉がありますが、トップダウン型の伽藍に対して、色々な人が入り乱れて自立的に動くバザール型、我々が貫くべきは後者。どこまでやり続けられるか、これからも挑戦し続けます」

さらにマネージャーとしては、メンバー一人ひとりの自由度を守り、エンジニアが快適に働ける環境づくりを愚直にやっていきたい。そして、Helpfeelを世界に羽ばたかせることも視野に入れていると、秋山は今後の展望を明かした。

「今は三つのプロダクトを中心に扱っていますが、また、新たなプロダクトが生まれると思いますよ。誰かが面白いと思って作り、社内で使い倒して磨き上げるところから、Notaの次のプロダクトが生まれるので」

創業当初からフルリモートワークだからこそ、あらゆる場所、時間を超えて議論を深めるツールや様々なコミュニケーションツールが誕生し、それを超えてもって企業文化が作られてきた。

これこそまさにドッグフーディング。Notaは自らの作り出したツールによって、場所も時も距離も飛び越えて、全員で思いを共有し、協働することを叶えている。そしてそれが、企業価値に直結しているのだと実感した。

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