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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

昔、幼稚園を訪問したとき、そこで耳にした、無邪気な会話を思い出す。

園児のオサム君が、砂場遊びの後片付けをきちんとしたので、園長先生が、笑顔でオサム君を褒めた。

「オサム君は、本当に良い子ね!」

すると、そのとき、嬉しそうなオサム君の横にいたノリコちゃんが、悲しそうに聞いたのである。

「じゃあ、ノリコは、悪い子なの……」

この会話を耳にしたとき、二人の園児の無邪気さに微笑ましさを感じると同時に、「言葉の怖さ」と「心の機微」について、考えさせられた。

それは、言葉の持つ「分節化」という作用と、人間の心の持つ「双極性」という性質である。

「分節化」とは、ある言葉を語った瞬間に、本来一つであった世界を二つに分けてしまう作用である。

例えば、良いと悪い、正しいと間違い、美しいと醜いなど、二項対立的な言葉の良き一方を語ると、人間の心は、その対極の言葉を想起する「双極性」を持つため、必ず、もう一方の悪しき言葉が心に浮かんでしまうのである。

それが、オサム君に「良い子」と語った瞬間に、ノリコちゃんに「悪い子」という言葉を思い起こさせ、意図せずして、その心に、ネガティブな感情を生み出してしまった理由である。

実は、こうしたことは、職場でも、しばしば起こっている。例えば、会議で上司が「田中君は、企画のセンスが良いな」と褒めた瞬間に、その場にいる同僚の心に、複雑な気持ちを生み出してしまう。

それゆえ、マネジメントにおいては、こうした「言葉の怖さ」と「心の機微」を深く理解してメッセージを語る必要があるが、「心の機微」という意味では、この「褒める」ということには、もう一つ、大きな落し穴がある。

それは、「エゴを助長してしまう」という落し穴である。

実際、人間は、初めて褒められると「喜び」を感じ、さらに褒められると「自信」が芽生えるが、あまり褒められると「慢心」が心に忍び込んでくる。それが、誰の心にも潜む「エゴ」の姿である。

最近では、「褒めるマネジメント」が推奨され、部下を褒めることは良いことと思われているが、褒めるときには、こうした「言葉の怖さ」と「心の機微」を深く理解しておくべきであろう。

そして、さらに言えば、この「心の機微」は、文字通り、部下の「機」によって細やかに違ってくる。

すなわち、マネジメントにおいては、「部下は、こうした言葉を語れば励まされる」といった一般的・マニュアル的な方法は存在しない。どのような言葉が、その部下を励ますかは、その部下の性格、力量、心理、状況によって、全く異なってくる。

例えば、営業で顧客トラブルを起こして失敗した部下を、厳しく叱るか、優しく慰めるか、その匙加減は、トラブルの状況だけでなく、その部下に慢心があったか、気の弱い部下か、エゴが強いか、成長のどの段階にあるかなどにより、全く違ってくる。

このように、「心の機微」のマネジメントを、我々が実践したいならば、預かる部下の「機」を判断する能力を磨かなければならない。

文=田坂広志

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