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東京都が都内のものづくりベンチャーを支援する取り組み、「東京都ものづくりベンチャー育成事業(Tokyo Startup BEAM プロジェクト)」。このプロジェクトに採択された企業の想いを聞き、未来に与えるインパクトを予見する連載企画が「『ものづくりの街 TOKYO』始動」だ。

今回取材したのは、どこでも誰でも陸上養殖ができるシステムを構築する株式会社ARK。「陸上養殖は採算ベースに乗らない」という通説を覆す、逆転の発想とサイエンステクノロジーとは?



まったく別々のキャリアを積み上げてきた3人の男が、「海」と「魚」を介して出会った。この運命の出会いにより、日本、そして世界の水産業を変える物語が紡ぎ出されることになった。物語のエンディングは自律分散型の食料サプライチェーンの形成であり、持続可能な社会である。

1人目の男は、自身の名前が海と深くつながっている竹之下航洋(以下、竹之下)。ARKの代表取締役CEOを務める彼は、高専からメカトロニクスの基礎を学んできた生粋のエンジニアだ。ロボコン出場やビジネスコンテスト優勝をきっかけに高専時代から起業を想い描いていたため、経営学と理工学を同時に学ぶカリキュラムのあった大学に進学している。

大学の研究室では、主にロボティクスとバイオメディカルエンジニアリング(生体医工学)を研究するかたわら、ビジネスの仕組みとマーケティングについても熱心に学んだ。起業サークルにも所属し、考案したサービスを企業に売っていたという。現在、ARKでは社長業と並行してサーバーサイドから組込みシステムまでのソフトウェア全般の開発を行い、さらにセンサーや電気系統までを担当する超フルスタックエンジニアとしての役割も果たす。

2人目は、栗原洋介(以下、栗原)。ARKでは、CSO(Chief Sustainability Officer)として サステイナビリティーとセールスを担当している。海がある街で育った彼は広告畑の出身だ。広告のセオリーや表現が進んでいた欧米で学びたいと、ニューヨークの大学に進学。帰国後は大手広告代理店でマスメディア(テレビ、雑誌、ラジオ、新聞)の広告を扱いながら、地方創生やインバウンド向け観光事業など、パブリックな業務に軸足をシフトしていった。

現在、栗原はEUのサーモン養殖プロジェクトへの参画を契機に拠点をロンドンに移している。ヨーロッパの海と養殖場をリサーチするなかで、肥大化する人間の食料需要を考えた際、海だけを水産業の活動範囲とすることには限界が近づいていると感じた。

3人目は、吉田勇(以下、吉田)。水槽などのハードウエアの製造や設営などを担当するCAO(Chief Aqua Officer)の任務に就いている。彼は中学を出た後、働きながら学業を続け、25歳で夜間制の商業高校を卒業した。その間の職種は多岐に渡り、水道工事会社で配管工、自動車工場で整備士を経験し、溶接工として金属加工も行っていたこともあるという。これらの多様な経験が現在のARKのものづくりを支えている。

その後は、独学でソフト開発を学び、ソフトウェア会社に転職。陸上養殖に使うセンサー装置の開発に従事した。「素潜りで熱帯魚を捕獲して飼育する」のが趣味という吉田にとって、海の生態系には並々ならぬ思い入れがある。日本の海、特に太平洋側では4、5年前から「磯焼け」と呼ばれる現象が多発している。ワカメなどの海藻類が採れる場所が減り、その海藻を食べて育つ貝がいなくなり、その貝を食べる魚までがいなくなるという悪循環に悩まされているのだ。沿岸の漁師たちの危機感は凄まじい。吉田はそれを目の当たりにしてきた。

3人は、ちょうど4つずつ歳が離れている。まず、竹之下と吉田が組み込みシステムの開発企業で出会うが、ふたりは別々の企業に転職、その後IoTサービス企業に転職した竹之下が再び吉田を誘い、そこで働いていた栗原とも出会うことになる。あるとき、竹之下と吉田が挑んでいた企画のなかに、陸上養殖向けのセンシング事業があった。「この事業は食料のサプライチェーンに対し直接リーチできる」として高い社会的意義を感じていたが、当時在籍していたIoTサービスのクラウドソリューションを開発する企業には「ものづくりをして、自社で在庫をもつ」という機能がなく、事業の具体化に向け進めていくことが困難であった。

「私たちは、センシングの技術を提供するだけでは根本的な課題解決は難しいと考えました。センシングによって得られたデータは、グラフ等の形にして見える化するだけでも知識として活用することはできます。しかし、数値の違いや変化に対して、どのように対処すると良いかという知恵の部分は、現場に対して物理的なフィードバックを行い、その結果を蓄積していくことで、磨かれていくものです。そのためには、物理的なプロダクトが必要になります。センサー装置、水槽、ポンプ、自動給餌器などが一体となったプロダクトです。独立を考えはじめたとき、別のプロジェクトで同様の課題意識と解決策を模索していた栗原が議論に交わり、三人で起業する話が持ち上がりました」(竹之下)

こうした流れで3人の個性が集まり、起業することになった。例えるなら、ARKは「竹之下電工」と「栗原企画」と「吉田製作所」の合弁会社だ。

「なぜ一次産業に挑戦したのかとよく聞かれますが、創業の想いはとてもシンプルです。3人とも海と魚が好きだったんです。また、3人とも子どもがいるので、限られた人生の大切な時間を使って事業をするなら、『あったらいい』ではなくて『絶対に必要なもの』『次代への贈り物』になるようなことをしたいという想いがありました。私たちにとっては、それが海であり、魚だったのです。美味しい魚を食べられる環境を次世代に残したい。そんな想いを3人で共有していました。食料問題のソリューションの一つとなる陸上養殖事業には人生をコミットする価値があるのではないかと、3人で意思統一ができたのです」(竹之下)

ARKが生んだ新しい陸上養殖システムとは?


ARKが今回のTokyo Startup BEAMプロジェクトの採択を受けて挑戦するのは、どこでも誰でも陸上養殖ができるシステムの構築だ。具体的には、ARKの機能試作である。いま、ARKの普及が世界に必要とされる背景を栗原はこう話す。


閉鎖型循環式陸上養殖システム(ARK)

「食料生産の持続可能性が世界規模の問題となっているなか、1990年代から世界の漁船漁業生産量は横ばいの状態です。2013年には海面養殖生産量が漁船漁業生産量を上回っていますが、海面養殖生産量の伸びにも限界が見えはじめています。海面養殖は沿岸環境に左右されるのが、その大きな理由です。どの海にも養殖のスペシャリストがいて、蓄積されたノウハウはありますが、それが隣の海域ではまったく使えなかったりします。再現性に乏しいが、それらを担保しつつスケール化することは、養殖業界が直面する最大の課題だといえます」(栗原)

現在、食料自給率が低迷している状況を打破するべく、沿岸環境に左右されない陸上での養殖に取り組もうとする企業は少なくない。しかし、吉田は前職で陸上養殖の普及に限界を感じたという。

「これまでの陸上養殖は、大型の施設で多くの漁獲量を目指して行われてきました。その土地に最適化されたオーダーメイドになることもあり、完成までにかかるコストと時間は相当なものとなっていました。大型になれば、水を濾過して循環を安定させる難易度も高くなります。さらに『餌の量は魚の目と動きを見て決める』など、生育のノウハウは海面養殖と同じで長年の勘に頼ったものが大半となるため、汎用化が難しいのです。」(吉田)

こうした陸上養殖の限界があるなか、ARKが開発を進めるCRAS(製品名もARKという)は逆転の発想とサイエンステクノロジーを通じて革命をもたらそうとしている。逆転の発想とは、従来の大型施設とは異なり小型であるという点。ARKには3つの大きな特長があり、そのひとつ目が9.99平方メートル(駐車場1台分)に収まるスモールなパッケージだ。

「これまでの陸上養殖とは真逆のアプローチです。初期投資コストを1/100に下げることに挑戦しています。具体的には1,000万円以下です。この額なら、個人漁業者でも補助金などを利用すると参入できる範囲。今回のスタートパッケージでは魚種にバナメイエビを想定していますが、1年で利益を出すことができる試算も出ています。さらには、水の循環を安定化させることができるのも小型にしたメリットです。循環事故による大量死の危険を大幅に減少できます」(吉田)

ARKの特長のふたつ目は、スモールなオペレーションだ。自動給餌機やポンプ・ヒーター連動コントローラー、水質モニタリングセンサーなどを移動可能なコンテナにまとめている。省人化と再現性を確保し、ランニングコストの1/3を占める人件費を下げることに成功した。

「ARKは、ハードウェアだけで成り立っているのではありません。ソフトウェアもパッケージとして組み込んでいます。センシングで得られたデータを現場にフィードバックして、好循環を生み出すシステムです。センシングやIoT、いわゆるDXの発想で陸上養殖のプラットフォーム化を進めたいと考えています。『汎用性がない』『属人的』『スケーラビリティが低い』『コスト高』といった陸上養殖のデメリットを軽減できるシステムなのです。これにより、ARKは養殖という一次産業の枠を超えて、二次・三次産業のビジネススキームに取り入れることも可能となっています」(竹之下)

実際、ARKのユーザーとして想定されるのは、すでに海面養殖事業を行なっている漁業者だけではない。いま、ARKには外食チェーン、ホテルや旅館、インフラやエネルギー関連企業などからの問い合わせが後を絶たない状況だ。

スモールなパッケージ、スモールなオペレーションに続いて、ARKの特長としてもうひとつ挙げられるのが、ゼロエミッションである。常時必要となる電力約0.3キロワットはソーラーと風力発電、蓄電器によって、また、灯油給油機出力に必要な50キロワット相当は太陽光温熱機(+灯油ボイラー)によって賄われる。スモールなオペレーションでランニングコストの1/3を占める人件費が低減できる上、このゼロエミッションによって同じくランニングコストの1/3を占めるエネルギーコストがほぼゼロになるのだ。

「我々の製品は、オフグリッド(電力会社の送電網につながっていない状態)の実現を目指しています。いま、サステナビリティ・クライシスの文脈で、『食物の生産工程において、どれほどの資源が必要になるか』という議論が盛んに行われています。ARKは次世代のために立ち上げたカンパニーなので、サステナビリティへのアクションも理念に取り入れています。養殖事業のサステナビリティを目指しながら、同時に社会のサステナビリティにも貢献する。ARKのCRASは、その両立を可能にするシステムなのです」(栗原)

ARKの成功の先に持続可能な社会が立ち上がる


今秋、CRASのプロトタイプが完成し、海から遠く離れた場所に設置された。先に述べたとおり、海面養殖事業を行なっている漁業者だけでなく、様々な事業者からの問い合わせがARKに寄せられている。さらに、ドバイの展示会では海外展開への手応えも得たとのことだ。

「餌の素性、病気を抑えるための薬剤の使用量、生育の過程などのデータを明確に提示できる我々のシステムは、トレーサビリティの観点からも秀逸なシステムです。近年、養殖業の持続可能性を審査する『ASC 養殖場認証』が日本でも注目されていますが、安心・安全な食物に対するニーズは日本よりも海外、特に欧米の方が大きいことから、『日本での成功を待って海外に進出する』というスケジュールは考えていません。国境は最初から軽やかに超えていきたい。ARKには、それだけのポテンシャルがあります」(栗原)

「Think Global」にして「Act Local」。ARKは、地産地消の食料サイクルを生み出すことにも貢献する。

「今後、バナメイエビ以外に海外でのニーズが高いスズキなどの白身魚の養殖も企画していきます。また、日本国内では、マハタのような高級魚も視野に入れています。現在、国内の水産試験所では約40種の生産が可能なので、他社や研究機関と積極的に協業することで養殖技術の精度を上げて、対応可能魚種を増やしていきたいですね。例えば、自分はエビを育て、その隣ではタイを育てていて、お互いに融通する。昔の田舎で見られたような地産地消のコミュニティがエリアごとに形成されることも願っています」(吉田)

陸上養殖は、まだ産まれたばかりの業界だ。これまで様子見をしていた企業の参入やベンチャーキャピタルの資本投入も珍しい話ではなくなり、業界自体が一気にリフトアップしている感覚があると竹之下は話す。ARKは、業界の急成長を促すブースターになることを望んでいるが、そのプロフィット(利益)を独占する考えはないと言い切る。

「3つのP、つまり、プロフィットだけでははく、ピープルとプラネットが大事だと考えています。ARKは、この3つのPの健全なバランスを陸上養殖で形成するビジネスモデルを目指しています。独占しようとする発想はないのです。この市場に参入しようとする様々な人たちと共創し、市場をつくっていきたいと考えています。ARKがやろうとしているのは自律分散型のシステムですが、効率良く量を確保できる中央集権的な大型養殖場が果たす機能・役割も理解していますし、そのためにARKにできることがあれば協力を惜しみません。私たちは、この市場を発展させる他者と共創できるスペースをもち続けたいと思っています」(竹之下)

いま、経済活動のグレートリセットが世界で求められている。ARKの使命は、「持続可能な社会を実現するために、このグレートリセットを水産革命という視点から支える」ことにある。3人にとってARKのCRASは、そのためのひとつのパーツにすぎない。3人の物語は始まったばかりだ。こうした志をもった企業の多くの成功の先に、持続可能な社会が立ち上がるのだろう。 



竹之下航洋(たけのした・こうよう)
1981年生まれ。鹿児島県鹿屋市出身。ロボティクス及びBio Medical Engineering専攻、工学修士。一貫してHWスタートアップに身を置き、製品の企画・開発・生産技術等を担当。IoTに関する著書及び特許多数。2016年より(株)ウフルに参画し、エバンジェリストや技術責任者等を歴任。2020年にARKを共同創業し、代表に就任。好きな魚はアジ。アクアスロンの大会に出場するためトレーニング中。

吉田勇(よしだ・いさむ)
1977年生まれ。神奈川県平塚市出身。水道工事、整備工場、ビルメンテナンス等現場に従事する傍ら、独学でプログラミングを学び、ソフトウェアエンジニアとなる。その後、営業としHWスタートアップ及び大手メーカーでトップセールスの実績を残し、企画したIoTゲートウェイは日本トップシェアを達成。素潜りで熱帯魚を採取し飼育する趣味とこれまでの経験を活かし、チーフ・アクア・オフィサーとして水槽設備と飼育を管轄する。好きな魚はキンチャクダイ、ユウゼン。

栗原洋介(くりはら・ようすけ)
1985年生まれ。神奈川県茅ヶ崎市出身。英国ロンドン在住。ニューヨーク州立大学を卒業後、2008年(株)電通入社。2015年より(株)ウフルに参画、海外本社代表取締役としてロンドンを拠点に活動。センシング関連企業との資本業務提携と、民間企業や行政機関のIoT・DXなどデータ事業の開発・実装に従事。2020年に竹之下、吉田と(株)ARKを共同創業し、チーフ・サステステナビリティー・オフィサーに就任。趣味は、ブッシュクラフトキャンプ、ムエタイ。好きな魚はイワナ。

── Tokyo Startup BEAMプロジェクト ──
「BEAM」は、Build up、Ecosystem、Accelerator、Monozukuriの頭文字。
BEAMは、都内製造業事業者やベンチャーキャピタル、公的支援機関などが連携し、ものづくりベンチャーの成長を、技術・資金・経営の面で強力にサポートする。東京は、世界で最もハードウェア開発とその事業化に適した都市だ。この好条件を生かし、東京から世界的なものづくりベンチャーを育て、ものづくりの好循環を生み出すこと(エコシステムの構築)が、本事業の目的である。
本記事は、東京都の特設サイトからの転載である。

本事業に関する詳細は特設サイトから

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