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義足モデル 海音(撮影=吉澤健太)

上下関係、ジェンダー、社内外の枠組みなどに縛られずに、チームや組織、あるいは業界に多くの実りをもたらした女性たちは、何を考え、どう行動したのか。

Forbes JAPANでは、これまでの考え方や既存のシステムを超えて活躍する女性にフォーカスした企画「Beyond Systems」を始動。翻訳コンテンツを含めたインタビュー記事を連載していく。

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「歩くことよりも、10cmのハイヒールの靴を履けるようになるのが目標でした」

そう言って海音は、右足の厚底シューズを脱いだ。現れたのは、シルバー色の義足。彼女は東京オリンピックの閉会式とパラリンピックの開会式に出演し、一躍注目を集めた「義足のモデル」だ。

義足は、「普通の人が歯磨きするのと同じような感覚」で着けるという海音。彼女にとって、義足は、自分の可能性に蓋をする特別なバリアでも、人との距離を隔てる壁ではない。「自分の個性」の1つ。そう自信を持って言えるようになったのは、ほんの1年前のことだという。

「義足を着ければ、また歩ける」


右足の膝から下を切断したのは、12歳のとき。キッズモデルとして活動していた小学6年生の卒業間際に発症した、全身の血菅が炎症を起こす難病「多発血管炎性肉芽腫症」が原因だった。

12歳の少女の体を容赦なく襲う激しい痛み。右足は真っ黒に壊死した。唯一の治療法は、「右足の膝から下を切断する」ことだった。

海音は手術を受け入れる。病院側は、ショックを受けた海音の万が一の場合を考え、専任の精神科医を待機させ、外から鍵を掛けられる個室を用意していた。

しかし、海音の反応は、周囲の大人の予想を良い意味で裏切った。「義足を着ければ、また歩くことができる」と屈託のない笑顔を見せたという。幼いころから「悪いことが起きても、そのなかから1ついいことを見つけて、それにむかって頑張る」海音にとって、それは自然な反応だった。辛いリハビリも、「好きなハイヒールが履けるって思って頑張れた」と前向きに乗り越えた。

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こうしたプラス思考は、いまも変わらない彼女のしなやかな強さのもとになっている。しかし、そんな彼女にも、生来の明るさがなくなる辛い時期があった。

義足と一緒に閉じ込めた「自分」を呼び起こす


退院後は、ロングスカートが手放せなかった。義足を隠すためだ。思春期の多感な時期を迎える少女にとって、人とは違う容姿を受け入れることができなかった。友人にも親族にも義足のことは秘密にした。休みがちだった中学を卒業後は、通信制の高校に籍を置いた。外出を極力避ける日々が6年続く。

文=中沢弘子 写真=吉澤健太 編集=坂元耕二

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