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ポストラグジュアリー 360度の風景


CFCLの高橋さんはまた、「イッセイ・ミヤケ・メン」のデザイナーを務めていたという経歴を、ブランド資産として「意識的に」活用しています。こうした「コンシャス」な戦略をもつ若いデザイナーが登場し、活躍していることに注目したいです。

高橋さんが「コンシャスネス」を謳う背景には、米国の非営利団体が運営する民間認証制度「Bコーポレーション」の取得を目指すという意図もあります。Bコーポレーションは、地域や環境に配慮した事業活動をおこない、基準を満たす企業に与えられる認証で、世界で約4000社に広がっています。もしCFCLが認証されたら、日本のアパレルでは初。投資対象としての企業価値の上昇についても、当然、彼はコンシャスであると思われます。


CFCLの高橋悠介CEO (c) Yosuke Suzuki

19世紀のコンシャスと21世紀のコンシャス


以上のような多岐にわたるニュアンスを含むコンシャス・ラグジュアリーという言葉は最近、頻出しておりますが、実は今になって出てきた言葉というわけではなく、19世紀の中ごろにも多く使われています。安西さんの調査によれば、“conscious luxury”は1850年ごろ突出し、1860年代、70年代をピークに以後、ゆるやかに減少していますね。

とはいえ、19世紀におけるコンシャス・ラグジュアリーは、現代とは意味が異なります。産業革命によって階級に流動性が生まれ、ラグジュアリーを用いた階級上昇や成り上がり排除が意識されていた当時は、「高価で贅沢な生活様式を意図的に外に向かって見せびらかすこと」というニュアンスで使われていた可能性が高いのです。当時のラグジュアリーの一側面を表現するとすれば、「スノッブすぎる洗練のパフォーマンス」に近い。

社会階級が今以上に重要で、それが外から見える生活様式によって決定されることもままあった時代において、外の世界から「ラグジュアリー」と見えることを意図的に誇示することが、コンシャス・ラグジュアリーの意味だったと想定されます。

同時代を生きたヴェブレン(1857-1929)が、『有閑階級の理論』(1899)でコンスピキュアス・コンサンプション(誇示的消費)という語を用いたことともつながってきます。「高級品の誇示的消費は、有閑階級の紳士の評価をあげる手段である」とヴェブレンは喝破していました。

同じ「コンシャス」でも、19世紀においては、「狭いサークル内という外部」に対して意識が強く向いていたのに対し、21世紀では地球全体と自分の内部に意識が向いているという方向の違いを見て取ることができます。

とはいえ、現在の「コンシャス」という用語にしても、広く流通しきればやがて飽和し、また新しい言葉で飾られていくだろうなと思わずにいられないうさんくささも感じています。社会集団が一斉に同じ価値観を正義とする状況自体そのものが、警戒しなくてはならないのではないか、とも感じています。

さて、安西さん。ラグジュアリーに対するこうした社会の意識の変化をどのように読み解くべきでしょうか? 

文=中野香織(前半)、安西洋之(後半)

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