世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版

中西知子さん(左)と北風祐子さん(右)

「乳がんの啓発なんて絶対無理」と言われていた。それにもかかわらず、2000年代初頭に日本でも広がり始めたピンクリボンは、今や誰もが知る運動に成長していった──。

前回は、連載「乳がんという『転機』」著者の北風祐子さんと、朝日新聞でピンクリボンプロジェクトを立ち上げた、朝日新聞メディアラボプロデューサーの中西知子さんの対談で、ピンクリボンキャンペーンの展開を振り返った。

後編は、がんサバイバーが前向きに働き続けられる組織づくりのポイント、そして「生きづらさ」を取り除くために二人が行なっているアクションについて語った。


がん患者の生きづらさをつくる「アンコンシャスバイアス」


──今年4月、北風さんと同じ電通の社員であり、ステージ4の肺がんを抱えていた御園生(みそのう)泰明さんがご逝去されました。がんサバイバーのための活動「LAVENDER RING(ラベンダーリング)」を立ち上げるなど、精力的に活動されていた御園生さんに対し、お二人はどのような印象を抱いていましたか?

北風:強くて、優しくて、かっこいい人でしたね。自分自身がきつい治療を受けていて、体調は相当悪かったはずなのに、「がんになった人もならなかった人も、みんなが生きづらさを抱えずに生きていける世の中にしたい」という強い想いを持って活動されていました。

中西:御園生さんには、弊社の運営するネクストリボンプロジェクト(※)イベントに登壇をして頂きました。根治は叶わない状況にありながら、「理解のある上司のおかげでがんをオープンにして働けている」と、周囲への感謝を述べていた様子が印象に残っています。(※「がんになっても、安心して働き、暮らせる社会」「がん検診を受けるのが当たり前の社会」を目指す朝日新聞社主催のプロジェクト)

北風:私が仕事に復帰したあと、御園生さんは掲載前の原稿を読んでくださり、丸ごと受け止めてくれました。私は自分のことで精一杯でしたが、御園生さんは、がんサバイバーのための活動をすることで、自分自身が幸せを感じるのだと話していました。そんな御園生さんに強い力を感じ、何か力になりたいと思いました。

彼の「がんを抱えて働いている人が安心して語り合える場をつくりたい」という言葉を聞き、「LAVENDER CAFE」(ラベンダー・カフェ)という社内プロジェクトを立ち上げ、約3年間にわたって運営してきました。がんに関して一人で悩んでいる人を少しでも減らすために、社内のがんサバイバーとそのサポーターが集まるイベントです。

がんは治療法の進歩により、昔に比べると5年生存率は遥かに改善しました。しかし、いまだに多くの人が「がん=死」というイメージを抱いているため、社内で差別的な対応をされてしまうケースが少なくありません。がんになった人の34%が依願退職、解雇されているというデータもあります(2013年静岡がんセンター調べ)。がんに対するアンコンシャスバイアスが、がんサバイバーを生きづらくしてしまっているのです。

文=一本麻衣 写真=小田駿一

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