シネマの女は最後に微笑む

『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』(c)2018 Channel Four Television Corporation and Candlelight Productions, LLC. All Rights Reserved.

アメリカでの反人種差別デモがきっかけで、世界各地の街に立つさまざまな古い銅像が破壊されたというニュースはまだ記憶に新しいが、今月初めにはポーランドのワルシャワで、市内のキリスト像など3体にLGBTの権利を主張するレインボウカラーの旗を持たせ、ピンクのマスクをかけたとして、3人の活動家が逮捕された。

ポーランドでは先の選挙で再選されたアンジェイ・ドゥダ大統領の同性愛嫌悪発言や反LGBT政策に、LGBTコミュニティから反発の声が上がっていたという。

欧米では、キリスト教圏で「罪」とされてきた同性愛者の権利を社会的に認めるべきとの認識が広がっているが、個々の国家や共同体単位で見るとまだかなりの差がある。

多くの国が民主主義や人権概念を受け入れ、近代的な価値観が行き渡っているように見えても、それよりずっと古くから存在し人々を律してきた信仰の力は、一神教文化圏にはいない私たちの想像以上に強いようだ。

というわけで、今回は『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』(セバスティアン・レリオ監督、2017)を取り上げよう。

原題は「Disobedience」(不服従)。共同体の掟や規範に反して個人の生き方を選択するということがいかに重大な決断となるかを、セクシュアリティの問題を通じて描き出す秀作だ。

共同体を飛び出したロニート


ロニート(レイチェル・ワイズ)はニューヨークで活躍するフォトグラファー。仕事に邁進しつつ性的にも奔放な生活を送る彼女は、父急死の知らせを受けて故郷イギリスに戻ってくる。

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『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』(c)2018 Channel Four Television Corporation and Candlelight Productions, LLC. All Rights Reserved.

住民のほとんどが超正統派ユダヤ教徒の小さな町。尊敬を集める長老ラビの父を一人残してかつて町を出ていったロニートに、親戚をはじめ人々の目は冷たい。

身を寄せた家の主人ドヴィッド(アレッサンドロ・ニヴォラ)は亡き父の弟子であり、その妻エスティ(レイチェル・マクアダムス)ともどもロニートの子供時代からの親友。久しぶりに会う幼馴染に礼を尽くしつつも、2人は敬虔なユダヤ教徒としての振る舞いを崩さない。

このなかなかデリケートな再会の場面で、ドヴィッドの妻がエスティであると初めて知った時のロニートの驚きや、ロニートを見た瞬間釘付けになるエスティの見開いた瞳が、観る者にわずかな違和感を残すが、その秘密が明らかになるのは中盤以降だ。

男性は全員ユダヤ教徒の印である黒い小さな帽子を頭に乗せ、女性は貞淑を表す黒髪ストレートのかつらを被り、男女とも黒い衣服に身を包んでいる中、ウェービーなロングヘアに自由な服装で颯爽と歩くロニートは、どこに行っても悪目立ちしてしまう。

昔ながらの規範を堅持して生きる人々にとって、ラビの家に生まれたのにユダヤ教徒にならず故郷を捨てたロニートは、共同体への「不服従」を体現する異物そのものだ。それは、叔父の家で開催された食事会で、「子供は?」「結婚は?」と意地悪く質問を浴びせる女性同席者と、思わず反発する彼女の衝突で一気に表面化する。

自分が予想していた以上に「歓迎されざる客」であることを、身をもって知るロニート。華やかな美貌をどんより曇らせカフェで一人背中を丸める様子は、ニューヨークでの生き生きした表情とは対照的だ。

文=大野 左紀子

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