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パンデミックから命をまもるために


太刀川:例えば、1938年にピクトグラムの原型となるアイソタイプ(Isotype)を考案したオットー・ノイラートがデザインした「結核の予防マニュアル」なんて、コロナ禍で生活している現代のわたしたちに向けた「濃厚接触」の注意書きにそっくりなんです。

泉山:「ピクトグラム」はビジュアルで情報を伝えるもの。現代でも非常口や道路標識などに使用されていますよね。文字が読めない人や、公衆衛生に関する情報が手に入れにくい人でも、視覚的に情報を捉えることができるように描き出されています。

太刀川:そう、実はいま街中にあるピクトグラムの源流は、感染症がどのように感染するのかをビジュアルで示したものでもあるんです。1918年にスペイン風邪が発生し、その翌年にバウハウスが開校している。近代のデザインは、「どのように戦争や感染症から命や社会を守るか」という観点とは切っても切り離せないんですね。

それがいつの間にか「商業のデザイン」に代わってきてしまいました。でも本当は「直感的に正しく情報を伝え、命や社会を守り、文化をつくる」というのが、グラフィックデザインの根底にあるものなんですよ。識字率が低かった時代は余計に、言葉や環境の壁を越えて人類が共通認識を持つためにグラフィックデザインという新しい考え方が役立ったと言えます。

だから、デザイナーの僕が「PANDAID」のような公衆衛生の活動をするのも、ある意味で歴史的には必然的な流れだと考えています。

感染症が「まちづくり」を変える


泉山:おっしゃる通りだと思います。その観点から言えば、感染症の歴史はまちづくりにも大きく影響しています。

太刀川:人類が長年戦ってきた感染症といえば、忘れてはならないのが「結核」です。結核を乗り越えるまでに人類は1000年以上の時間を費やし、1950年以前は日本でも長年、国民の死因の第1位だったんですね。

面白いのは、結核などの感染症の歴史を振り返ると、さっきのノイラートの画像のように、新型コロナ対策のために作られたビジュアルにそっくりなデザインが出てくるんですよね。昔から感染症と「ソーシャルディスタンス」は深い関わりがあったことの証拠です。

文=加藤朋子

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