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#供述弱者を知る


7月7日:逮捕翌日


輝男さん「娘を取り調べていた刑事2人が、4、5人を引き連れてきて、2階の娘の部屋に上がっていった」

令子さん「私が、がっくりしてうつむいていると、その2人が『がっくりしなくても私たちが助けるから』と言った。私はそのとき『よろしくお願いします』と言ったんです。本当にいま思うと、なんてバカな親かと。弁護士について『私選だったら莫大な費用がかかる。国選にせえ』とも言われました」

2人の言葉から、大切に育ててきた娘が、本人とはまったく関係がないはずの事件に巻き込まれていくことに不安を覚え、何とか寄り添おうとしながら、それができない、という当時のもどかしさが伝わってきた。

その時、すでに西山さんは刑事たちの手練手管によって洗脳され、親といえども、何が起きているのかを聞き出すことはできなかった。それは、オウム真理教を盲信したわが子の奪還を試みた親たちが、わが子本人の拒絶によって、それを果たせなかった状況とも似ている。刑事たちに口止めされた娘を「完全にマインドコントロールされていたんやと思います」と輝男さんは悔しそうにつぶやいた。「警察からしたら、あの子なんて、赤子の手をひねるようなもんやったと思います」と令子さんがうなだれた。

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両親にとって、娘の逮捕は寝耳に水だった。その苦しみは筆舌に尽くしがたい (Shutterstock)

両親が10数年にわたって抱えてきた苦しみを、私も記者たちも、自宅を訪ねるたびに、繰り返し、繰り返し、聞かせてもらった。ここに書いたように、一度の機会で筋道を立ててわかりやすく話したわけではない。毎回、訥々(とつとつ)と、胸の内に積もり積もった苦しみを一つ一つ絞り出すように、同じ言葉が繰り返し語られる、長い時間をかけた取材だった。

2人は、終戦前後のこの国の混乱期に生まれ、昭和から平成の時代を実直に、そして懸命に生きてきた善良な市民そのものだった。「娘が逮捕された後は、日中でも厚いカーテンを閉め切って、家の中に2人で閉じこもるような生活でした」。3人の子育てを終え、落ち着いた余生を迎えようとするとき、思いも寄らない出来事に巻き込まれ、静かに過ごせるはずの老後の人生を警察という組織にずたずたにされ、苦しみ続ける実直な夫婦の姿は、誰の目にも見るに忍びなかった。

連載:#供述弱者を知る
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文=秦融

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