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ドキュメント 教育革命の最前線から


「子育てとは何か」「人間にとって、本当の幸せとは何だろうか」、そのことを深く考えている人は意外と少ないのではないか、現代人はそのような本質的な問いについて考える余裕もなく、目の前のやらねばならないことに追い立てられているのではないか、というのが私の実感である。

それらの問いに対しても「正解」があり、赤本やガイドブックやゲームの攻略本のように必ずどこかに書いてあるもので、お金を払えば誰かが教えてくれるものだと思っている人さえいる。

学校教育で空気を読むことを強いられ、根気強く我慢してきた子どもたちが大人になると、職場の空気を読み、ママ友の空気を読み、社会の空気を読み、次第に自分が本当に求めているものがわからなくなっていく。

空気を読まない人、我慢しない人を許せない。自分がこんなに我慢しているのに、あいつはなぜ我慢しないんだと怒りを抱え込む。自分がこんなに我慢してきたのに、うちの子はなぜ我慢ができないのかと焦りはじめる。子育てをする多くの親たちは、ほかの子どもたちに遅れをとらないように、できないことがないようにと躍起になっている。

「誰よりも早く、より正確に。間違いがあってはならない。失敗してはいけない。取り返しはつかない。こぼれ落ちてはならない。子育ての正解があるはずだ」

そう信じて子育ての正解を探し続けている。得体の知れない強迫観念が大人を包み込んでいる。そのような状況では、社会はどんどん閉塞感を増していく。

学校教育を受ければ受けるほど子どもたちは「学び」の喜びを感じることができなくなる。「勉強嫌い」を量産してしまう。そして、「教育」は「学び」の本質からはどんどん遠ざかっていく。学年が上がるごとに自己肯定感は下がっている。自分に自信がなくなり、そのままの自分では社会に受け入れられないという思いが膨れがる。

「勉強は嫌い」だけど、「勉強しなければ生きていけない」というジレンマに子どもを追い込んでいる。そして、「教育」は「学び」の本質からはますます遠ざかってきたように見える。

人間にとっての本来の「学び」とは何か

人間にとっての本来の学びとはどんなものだったのだろうか。そもそも私たち人間には、未知のものへの好奇心、新しいことを知り探求する喜び、学ぶ力が備わっている。それは生きていくために必要な能力だ。子育てに関するテレビ番組で乳幼児の発達についての知見を得るほどに、私はその素晴らしい力に圧倒される。

赤ちゃんは生まれたときから自ら探索を始める。これから生きていく世界に関わり、実験を繰り返しながら自分を知り、世界を知ろうとする。乳児が触ってほしくないものに手を伸ばすのも、ティッシュペーパーを次々に引き抜くのも、絵本を本棚からすべて取り出してしまうのも、「いたずら」も「遊び」も、全ては、世界に対する探求のプロセスだ。人間は本来、自ら学ぶ生き物である。

文=太田美由紀

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