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砂押貴久のエモーショナルライフ


その経験から彼女は、テックが主語ではなく、ファッションが主語となる表現を試みた。伊勢丹や高島屋でのポップアップストア、渋谷パルコでの出店、そして東京コレクションへの参加。Mr.ChildrenやEXILEらアーティストの衣装製作など、傍からすると着実にブランドを成長しているかに見えた。

しかし次第に、自己表現と消費のはざまに立つ、ファッションブランド特有の立ち位置に疑問を持つようになった。

「ファッションブランドは服の在庫を持つのが基本。時にはセールなどをして、在庫と価値を切り売りしていかなければいけないことが窮屈になっていた」と振り返る。

プロのデザイナーでありながら学生になる

そんな時に、デジタルハリウッド大学院を知る。「ファッション業界にいるとテック関係者とのネットワークを作れないこと」「ビジネスを学んでいなかったこと」というビハインドを埋めるためにも、自分の在り方を考えるためにも、最適な環境だと感じた。

一般的に学校や企業を出てからファッションデザイナーになれば、そこからもう一度学生に戻る選択肢は少ない。周りからの目も、これまでやってきたプライドもある。何より、ブランドが経営的な問題を抱えていたわけでもなかった。しかし彼女は、それらの疑念をあざ笑うかのように「学びたい」一心で院生になった。


接着剤のメーカーのセメダインとコラボレーションした、アイロン接着できる電子回路で作った暖房ウェア。

そこで、新技術を洋服に落とし込むR&Dを通じて「テック系の会社は洋服の作り方やノウハウを知らない」というニーズ、特許などでアイデアや価値が守られることに自分の在り方を見つけた。そうして仕事をしていく中で、ファッションデザイナーとの違いを感じていった。

「毎シーズン、常に新しいものを提案するのがファッションデザイナー。対して、ファッションテックデザイナーは、技術やノウハウをアップデートしていくのが面白さ」と語る。目覚めた彼女は、2016年、思い切ってブランドを休止し、ファッションテックデザイナーとしての道に切り替えた。

ファッションテックデザイナーの未来


ish inc.が発表した、抱き合う、肩を組むなどのアクションによって光るスマートコミュニケーションウェア。 画像提供:ish inc.

海外では「3Dが得意」「CGが得意」というように、ファッションテックデザイナーの細分化が進み始め、ファッションテックに特化したPR会社も存在するようになった。日本でもZOZOやシタテルのように生産背景からアプローチする企業が増えているほか、「世界初VRファッションリアルライブイベント」と謳う「FAVRIC」が9月に開催されるなど、確実に波は来ている。そして今回、ish inc.はFAVRICの製作にも関わっている。

Olgaは「日本は製品保証のレベルが高いので、普及までにはハードルが高いのも事実」と課題を挙げるが、東京五輪を迎える2020年に向けたエンターテイメントの進化やフェムテック(女性たちの課題を解決するためのテクノロジーの意)の高まりに沿って、テクノロジー起点のアプローチが必要とされる時代になっていくことを期待している。

世界に目を向けると、「ルイ・ヴィトン」が今年5月に発表したLEDスクリーンつきバッグ「Canvas of the Future」を、「サンローラン」がグーグルの繊維×テックのプロジェクト「Project Jacquard」とコラボしたバックパックを一般販売したが、まだラグジュアリーブランドでもファッションテックに対しては実験的なアプローチが続いている。

この流れを見ていて思い出す存在がいる。2001年から18年間、「バーバリー」に携わったデザイナーのクリストファー・ベイリーだ。テック好きだった彼は、ショーの様子を実況中継するライブストリーミングやショー直後に購入できる「See Now Buy Now」などのデジタル戦略で、バーバリーに復活をもたらした。彼のようなクリエイティブ・ディレクターが現れたら、そう遠くない未来に、ブランドから「スポーツライン」ならぬ「テックライン」が誕生するのではないかと思う。

そうなってくれば、いよいよ次代のスター職種は「ファッションデザイナー」から「ファッションテックデザイナー」へ変わっていくかもしれない──。

文=砂押貴久

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