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「脳のハッキング」が可能になる?

「I Am Human」は、ニューロテクノロジーを人々の生活向上に資する技術として位置付ける一方で、倫理的な問題にも触れる。映画の終盤、大学の神経倫理学の講義が映し出される。そこでは教授が受講者たちに脳とコンピュータの接続はどの範囲まで許されるべきかと問いかける。誰がアクセス権を持つのか? どのような法的保護が必要か? 脳のハッキングが可能になれば、プライバシーの概念も変化する。 

トライベッカ映画祭での上映後の質疑応答では、監督の一人が、取り外し可能なインターフェイスを装着した経験を興奮気味に語っていた。彼女は、自分では気づいていない自身の状態——本当は眠いことなど——をコンピュータによって知らされたそうだ。

しかし、私たちはコンピュータに自分が眠いことをわざわざ教えてもらう必要があるのだろうか? 自分の心身のコンディションに注意を払い、バランスを整えることが、精神の成長をもたらすと考える人は多い。私たちはその作業をすべてコンピュータに委ねてしまっていいのだろうか? 反対に考えると、自分の心身と向き合うことが不可能な人には、このような技術は非常に有益なのかもしれない。

問題は、これらの問いに対する答えはグレーであり、またすべての人に当てはまるものでもないということだ。さらに言えば、私たちは答えを出すべきではない。この分裂した社会において、映画に登場するさまざまな研究機関や企業が、私たちの代わりに決断を下すにふさわしいとも思えない。

ニューロテクノロジーへの関心は今後ますます高まり、白熱した議論が繰り広げられるだろう。ものすごいスピードで技術が進化する中で、私たちはこの技術が何を可能にするかだけでなく、自分たちが十分な検証を行えているかどうかを、時間をかけて熟考する必要がある。その作業こそ、幸か不幸か、私たち人間が負うべき責任なのだ。

編集=海田恭子

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