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I deal with the rocky road to our modern understanding of earth

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フランス人作家ヴィクトル・ユーゴーは「レ・ミゼラブル」の中でワーテルローの戦いについて「季節外れの雲に覆われた空が、世界の崩壊をもたらした」と記している。遠く離れたインドネシアの島で起きた、火山の噴火が戦いの行方を左右したのかもしれない。
 
1815年2月、皇帝の座を退位させられたナポレオン1世はエルバ島を脱出して兵士を集め、フランスを攻撃しようとしていたイギリス、オーストリア、プロイセン、ロシアの連合軍に立ち向かった。
 
戦いの場はベルギーのワーテルロー近郊。6月15日、50万人以上の兵力を誇る連合軍を打ち砕くべく、兵力13万人弱のフランス軍がベルギーに入った。まずはイギリス軍指揮下の小規模なプロイセン軍と激突。プロイセン軍は要塞化した農場に立てこもりフランス軍の夜明けの攻撃に備えたが、攻撃はなかった。
 
夜間に降った大雨によって足場が悪くなり、大砲を設置できなかったのだ。ナポレオンは地面が乾くのを待つしかなく、貴重な時間を失った。イギリス軍はこの間に兵力を増強。戦いが始まったのは昼頃だった。イギリス軍が守り抜く中、プロイセンの援軍がフランス軍に奇襲を仕掛けた。
 
イギリスの騎兵隊と歩兵隊を撃破することもできず、フランス軍は多数の死傷者を出して後退。雨とそれによる足場の悪さが連合軍の勝利につながったのだ。
 
ナポレオンが敗れるわずか2か月前、インドネシアのスンバワ島にあるタンボラ山が大噴火を起こしていた。1000年で最大の大噴火によって4月10日と11日には溶岩が上空40キロまで吹き飛び、大量の粉塵やガス、岩、灰が数百万トンの硫黄酸化物と混じって成層圏に達した。
 
硫黄酸化物は世界中に広まり、水蒸気と結合して液滴となり太陽光を遮った。それに伴い気温が下がり、欧米に異常気象をもたらした。「フランケンシュタイン」の作者メアリー・シェリーは当時の天候について「多湿で不愛想な夏と降りやまない雨によって外出できなかった」と書き記している。
 
2018年に発表された研究によると、タンボラ山の噴火で放出されたガスのみならず火山灰も天候に影響した。電気を帯びた火山灰はこれまで考えられていた高度よりもはるかに高い、雲ができる電離層にまで達していた。そこで火山性粒子が水蒸気と結合し、雲が急速に形成された。分厚い雲がヨーロッパに大雨をもたらし、フランス軍がイギリス軍をタイミングよく攻撃することを阻んだことによって、ナポレオンは敗れたのだった。

編集=上田裕資

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