公務員イノベーター列伝


結局、市全体では実現ができなかったが、区長の後押しもあり、まず金沢区で導入が決定。2013年8月に「育なび」がオープンした。

「育なび」は、ホームページ上に分散する子育てに関する情報を集約したポータルサイトだ。横浜市のウェブサイトでは、例えば、保育園の情報はこども青少年局、公園の情報は環境創造局といったように「縦割り」に表示されていた。こうした情報を、ひとつのサイトに集約するのは簡単ではない。関係部署と緻密な調整を行い、網羅性の高い情報を「育なび」に配置した。



実は、この「育なび」には大きな特徴がある。それは、子どもの生年月日と郵便番号を入力すると、関連する情報が上位に表示される「パーソナライズ機能」を備えていることだ。これにより、例えば、子どもの医療機関を自宅から近い順に表示させることができる。

民間とはかけ離れた実情も

石塚は現在も横浜市の職員として「育なび」の運営に携わっているが、行政のICT活用には、いまだジレンマを感じる瞬間が多いという。セキュリティのためとはいえ、職場でないとメールが見られなかったり、テレビ電話が使えなかったりといった、民間とはかけ離れた実情があるからだ。

「大事な住民の情報をお預かりする立場ですし、ICTに携わる者として事情は理解しつつも、人材不足とかワークスタイル変革やスピード感を考えると、逆のリスクを呼び込む可能性があるのではという恐れも抱いたりします」

石塚は、自身の子育て経験から、IT活用のメリットも強く感じている。飲み会や勉強会に行けないとき、SNSを通じて人との繋がりを保てたり、情報収集ができたりするのは、時間の節約にも役立っているという。

現在、石塚は庁内の仲間や民間のエンジニアと勉強会を開き、面白いと思ったことを形にしたり、発信したりする活動も行っている。

「行政職員としては多少覚悟のいることです。でも、繋がることでしか開けない道もある。いろいろな人と市を良くしていきたいという意識を共有し、お互いに学ぶ経験を通じて、横浜の未来が少しでもより良いものになれば最高です」

石塚の言葉からは、横浜への深い愛が伝わってくる。自分のルーツでもある地域に、ある種のノスタルジーを感じることは多くの人が否定はしないだろう。ただ、さまざまな制約の中で自治体は、このノスタルジーと財政とを天秤にかけなければいけない時代だ。

横浜市は相対的に恵まれた地域であることは間違いない。だからこそ、今のうちに先を見据え、さまざまな下地をつくっておくことが重要なのだろう。石塚は横浜市の長所短所を熟知したうえで、ITを駆使して、地域の繋がりをつくり、それを資産として蓄積しようとしているのだ。

さまざまな力や知恵を巻き込みながら、いずれは大きな力になっていくに違いない。石塚の「育なび」は、まず区から始まった。世の中はそれぞれの持ち場を良くしようとする局地戦の積み重ねで、少しずつ改善されていくのだ。

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文=加藤 年紀

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