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──憧れと現実が乖離していた、と。その後帰国してGLMへ入社されますが、それはなぜでしょう?

イタリアでそんなもやもやを抱えているときに、たまたま京都にGLMという会社があることを知ったんです。GLMとは、日本で初めてEVをゼロから開発して販売したベンチャー企業。しかも開発当時は、たった6人で、です。

通常車を1からつくるときは、膨大なお金と時間、人手がかかります。それにも関わらず、GLMはEVの開発から国内認定取得、量産開始まで漕ぎ着けていた。

衝撃でした。いてもたってもいられなくなって、FCAでのインターンが終わった後にGLMに頼み込んで、迎え入れていただきました。

──働いてみていかがでしたか?

車のすべての部分に関わるデザインを初めて経験したのが、当時手がけた、旭化成さんのコンセプトカー「AKXY」。今回発表した「AKXY POD」の前身モデルでした。

当時のGLMは、社員のほとんどがエンジニアでデザイナーは僕だけ。カーデザイナーは通常、いくつかのチームに分かれて分業制で仕事をします。大きくは、車の外側のデザインをする「エクステリアデザイナー」と、内装のデザインをする「インテリアデザイナー」。

ところが、デザイナーは僕だけなのでもちろん両方、そしてスケッチから3D、クレイモデル(編注:特殊な粘土で作る原寸大の模型)まで僕一人でやらざるを得ない。寝る暇もありませんでしたが、世界有数の大手メーカーでも味わえない経験ができたことは、すごく良かったと思います。



また同時に、カーデザインは何人かの人がいてはじめてできると思っていたところ、もちろんとても大変ではあるものの、案外一人でもできるんだなと自信にも繋がりました。その自信を胸に、独立して今に至ります。高校生の時に50歳くらいで成し遂げたかった夢が、30歳でできてしまいました。

──飽くなき情熱で、20年早く夢をかなえたと。次の夢はなんでしょうか?

まだ迷っているのですが、自分主導の車をつくってみたいです。ただ、これまで僕はクライアントがついている車しかつくったことがありません。

今回の「AKXY POD」も旭化成さんの強みや押し出したいポイントを加味してデザインしたもの。AKXY PODのようなカーデザイナーの仕事は、クライアントがいてはじめて成り立つ仕事なので、好きな車をいわばアーティスト的に、表現としてデザインをしてみてそれが楽しいのかどうかは、まだわかりません。

それをやるときには、同じ方向を向いている仲間たちとつくってみたいです。かつて所属したGLMの人たちとの関係性も良いので、プロジェクト単位でやりたい人たちがギルド的に集まり、車をつくる。

一般的には大手メーカーの下でなければ仕事ができないと思われがちなカーデザイナーであっても、そんな働き方も本来あるべきものづくりの姿だと思うし、自分の理想の車づくりだと思います。


いしまる・りゅうへい◎1988年、福岡県生まれ。12年九州大学芸術工学部工業設計学科を卒業後、イタリアへ渡り、ミラノ工科大学プロダクトデザイン学科、ヨーロッパデザイン学院トリノ校トランスポーテンションデザイン学科を卒業。15年よりインターンとしてFCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)に勤務後、帰国。16年からGLMにてチーフデザイナーとして働いたのちの18年7月、Fortmareiを設立。

文=石原龍太郎

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