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アメリカの入試が総合評価であることは、さまざまな裁量の余地があることになる。「多様性」を確保するために、男女比、人種構成、自国民・外国人比率には細心の注意が払われる。アメリカの一流大学には私立大学が多いので、両親あるいは祖父母が大学へ巨額の寄付をすると入学が有利になる、という伝説には信ぴょう性がある。

「多様性」を確保ということは、成績では上位にあっても、優秀な学生は審査では不利になるかもしれないということである。「多様性」確保の名のもとに、女性やアフリカ系アメリカ人(黒人)が優遇されることに対する反発は、一部ではいまでも根強い。

それでも、アメリカで裁量の余地がある入学試験制度に不満が大きなものにならないのは、一流校の複数受験が認められているからと考えられる。成績が良いにもかかわらず、「不当に」不合格にされても、どこかほかの大学に合格になる確率が高いからだ。日本に例えていうと、東大、京大、一橋大、東工大、阪大に同時出願できるのがアメリカだ。各大学が成績以外の要素を加味しても、成績が良ければ、どこかには合格になる。各大学には裁量が働いても入試システム全体としてみると公平となる。

日本では少なくとも国立大学学部の一般入試では、「多様性」確保の配慮や大学への寄付額の考慮が入る余地はまったくない(ただし一部推薦入試もある)。大学入試は大学教員の最も重要な業務に位置付けられている。入試の出題、採点、合否判定には大学教員が強制的に駆り出されて、各受験生の匿名性確保、公平性の確保には二重三重のチェックが働いている。親が大富豪であろうとも、大臣であろうとも、東大に合格すれば、自分の力で入った、と皆が認めてくれる。同じ条件のもとで、厳密に、公平な筆記試験を課す入試にはそれなりの良さがあると思う。


伊藤隆敏◎コロンビア大学教授・政策研究大学院大学特別教授。一橋大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学博士(Ph.D取得)。1991年一橋大学教授、2002年〜4年東京大学教授。近著に『公共政策入門─ミクロ経済学的アプローチ』(日本評論社)。

文=伊藤隆敏 ILLUSTRATION BY BERND SCHIFFERDECKER

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