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金融女子コスプレイヤーから見た「世界」

写真=Atsuko Sakai -Hikari Green-

第1回の記事で、社会人となってある程度経験を重ねても「この仕事は天職か分からない」「やりたいことが分からない」と悩む人が一定数いると書いた。

社会人であってもそうなのだから、就活に臨んでいる学生であれば、なおさらその気持ちが強い人が多いのではないか。今回は約10年前私が経験がした就職活動から感じた事、今振り返って感じていることを記したい。

社会的な基準では標準的ではなく、成功例とは言い難い私の例から、これを読んだ方がより自由な選択肢や発想を得る一助になればと思っている。

就職活動の意味が理解できなかった学生時代

就職活動の意味が分からない──10年前の当時の私の心境を一言で記すと、これに尽きる。

私は高校の頃から海外に興味津々で、海外の大学で行われている「ギャップイヤー」(高校卒業後、大学入学前に休学期間を設け知見を広めるためにボランティアや留学等の課外活動に勤しむプログラム)に興味を持っていた。

しかし、10年前の日本の大学はギャップイヤーという制度すらなく、ギャップイヤーを行おうとすると留年と同等の扱いで学費が1年分余計に掛かると言われた。

当時、ゼミ選びやサークル選びも「就活に有利かどうか」で決める人が一定数いた。また、「面接マニュアル」や「就活企業偏差値」といったものも出回っていた。もちろん、就職に向けて情報共有を事前に行い、最善の対策を打つという意味では、こうした仕組みは非常に合理的ではあると思った。

しかし一方で、社会に出る段階においても、どこかの誰かが決めたレールに乗って就職先を決めることに大きな疑問を持っていた。世の中の誰もが認める大企業に価値を感じ、面接はマニュアルで相手が望むことを上手に受け応えする。これは究極的に、世の中にとって都合が良い人間を増やしているだけではないのだろうか?という疑問すら生まれてしまっていた。

こんな表面的な価値とパフォーマンスで回し続けられるのが日本の大企業なのかと、世の中を知らない学生特有の発想で考えてしまってもいた。おかげで私は大学3年生にして、日本での就活に対するモチベーションをすっかり失ってしまった。

文=Atsuko Sakai -Hikari Green-

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