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会社員、イタリア家庭料理の道をゆく


そう言ってクラウディアがテラスから持ってきたのは、マリオが拾ってきた栗を溜めておくバケツ。え、栗の粉じゃないの? もしかして栗の実を使うケーキなの? 

「……リッツ(私の愛称)、私たち、焼き栗やりすぎちゃったみたい。ちょっと足りないわ」

クラウディアは、例によって小悪魔のような笑みを浮かべたかと思うと、とびきり甘い声で、畑から戻ってきたばかりのマリオに向かってこう叫ぶのだ。

「マーリオ〜。アモーレ・ミーオ。お願いがあるの~、あのね~……」

その晩、マリオはクラウディアの言いつけ通り、どこからともなくバケツいっぱいの栗を調達して帰ってきた。



いつものようにお腹がはちきれるほど夕食を堪能し、後片付けを終えると時刻はすでに10時。ああ、あとはもう寝るだけ、と言いたいところだが、クラウディアのドルチェづくりは、ここからスタートする。

小麦粉の代わりにアーモンド

「さあ、リッツ、始めるわよ!」

大鍋の中にはさっきのバケツいっぱいの栗がすでに茹で上がっている。まずは栗をひたすらむいて裏ごしていく単純作業だが、手も動かせば口も動かすのがイタリア式。若いくせにえらく肝が据わっているこのマンマには、素の私のまま懐に飛び込んでいける不思議な引力がある。

クラウディアも、自分の娘と5つしか違わない私を、娘と重ね合わせてみることもあるのだろう。「仕事はどうなの?」から始まって、「マリート(夫)とはどうやって知り合ったの」「あちらの両親とはうまくいってるの?」など、まるで実家の母から質問攻めにあう娘のようだ。

さて、続いて卵黄と砂糖をよーく混ぜ合わせる。本来ならここで小麦粉を加えるところ、なんと小麦粉は一切使わず、代わりにアーモンドを粉状に挽いたものを加える。そこに裏ごしした栗を加えてよく練り合わせたら、最後に、メレンゲ状になるまでしっかり泡立てた卵白をふんわり混ぜ合わせ、ケーキ型に入れてオーブンにぶちこめばOK。

焼きあがるまでの間、今度はどっかりと椅子に座り、文字通り本腰を入れたおしゃべりタイム。互いの家のこと、親のこと、親戚のこと……そして大抵のイタリアマンマがそうであるように、とどめはやっぱりこの質問。

「ところで、子供は、まだなの?」

「えーっと、、そろそろ考えないといけないことはわかってるんだけど。でも、生まれたら、もうイタリアにもしばらく来られないと思うと、勇気が要るし……」 

「なーに言ってるの!」

いきなりドスの利いた声で、ぴしゃりと言葉を遮られた。

「なに馬鹿な心配してるの! ここに連れてくればいいじゃない。子供と一緒に、今まで通りにイタリアに料理を習いに来ればいいのよ。いい、リッツ、子供ができたからといって、できなくなることなんて、人生の中でなにひとつないのよ」

クラウディアは今度は急にいたずらっ子のような目になって、私の目をじっと見つめてこう言った。

「産んでごらんなさいよ。わかるから」

オーブンからいい匂いがしてきた。静まり返った深夜の村で煌々と明かりがついているのはここだけだろう。香ばしくてほの甘い、たまらなく幸せな香りで家中が満たされたら、いよいよ焼き上がりだ。

本来なら粗熱を取ってからナイフで切り分けるところ、待ちきれない私たちはアツアツのまま頬張る。しえーっ! うっまーい! 栗だー。栗の味しかしない栗のケーキだ!



ねっとりした栗の舌触りの中に、挽いたアーモンドがプチプチと口の中ではじけ、何回、何十回と頬張っても飽きが来ない。考えてみたら、小麦粉もベーキングパウダーも一切入ってない、まさに栗の魅力全開のケーキだ。

文・写真=山中律子

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