現場からの医療改革


この事件はもう一つ大きな問題を抱えている。それは医療機器の販売元、アボットバスキュラージャパン社と厚労省がとった対応だ。

マイトラクリップは2017年11月に承認され、昨年4月に発売された。新規医療器機の販売では、売上を増やすことと安全性の確保のバランスが難しい。

合併症を減らすことを優先すれば、全身状態のよい患者に限定すべきだ。問題は、このような患者が少ないことだ。いたとしても、有名な専門病院に集まってしまう。意外かもしれないが、東大病院を含む大学病院の多くは、専門病院に歯が立たない。

マイトラクリップ手術に関する症例数の情報は公開されていないが、2013年6月に承認された大動脈弁狭窄症のカテーテル治療(TAVI)の施行数は、榊原記念病院の184件に対して東大病院は18件だ(いずれも2017年)。

大学病院は先端医療の症例数を増やしたい。東大病院も弁膜症外来を開設し、症例集めに努めていた。このように考えると、患者集めに苦慮する東大病院と医療機器メーカーとの関係は極めて微妙だった。

先端医療に求められる制度的な歯止め

医師は本来、患者の味方であるべきだ。患者は医師を信頼するからこそ、我が身を預ける。ところが、ときに患者の信頼を損ねるような事態が生じる。特にメーカーの支援(金銭を含む)がなければ臨床研究が進まない先端医療の領域では、このような問題が生じやすい。だからこそ、制度的な歯止めが必要だ。

それは、重大合併症が起こった際の情報開示・共有だ。情報開示・共有を義務化することで、医師とメーカーの不適切な関係は抑制される。私が残念なのは、今回、その仕組みが機能しなかったことだ。

情報開示・共有の一つが前述した日本医療調査安全機構を介した医療事故情報の収集だ。今回のケースでは機能しなかった。もう一つは医療機器メーカーから厚労省への有害事象報告だ。

厚労省は、マイトラクリップの承認時、同社に対して市販後の全例調査を義務づけている。独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)が公開している審査報告書(*3)には「製造販売後、一定数の症例に係るデータが集積されるまでの間は、本品を使用する全症例を対象に使用成績調査を実施し、必要に応じ適切な措置を講ずること」と明記されている。そして、使用成績の調査期間は6年だ。

このルールに従えば、重大な有害事象の可能性が少しでもあれば、医療機器メーカーは速やかに厚労省に報告しなければならない。特に、今回のように過去に報告されていない致死的な合併症の場合は、同じような合併症で命を落とす人を出さないためにも、迅速な対応が求められる。

迅速に動かなければならないのは厚労省も同じだ。メーカーからの報告を受ければ、その重要性を判断して、1ヶ月以内に「緊急安全性情報(イエローレター)」や「安全性速報(ブルーレター)」を出して、医療関係者に周知することになっている。ところが、現在に至るまで医療現場にこの情報は届いていない。

いまこそ、どうすれば医療の安全性が担保できるか──医療界のガバナンスを真剣に考える時期だ。

<参照>
1) https://www.sentaku.co.jp/articles/view/18534
2) http://www.wasedachronicle.org/university-hospital/
3) http://www.pmda.go.jp/medical_devices/2017/M20171128001/340733000_22900BZX00358000_A100_1.pdf

文=上 昌広

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