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ウォルトン・ヒース・ゴルフクラブ(フォーブスジャパン4月号より)

1903年に設立のウォルトン・ヒース・ゴルフクラブは、ロンドンからほど近くに位置するインランドコース。かのウィンストン・チャーチルもしばしばプレイし時の英国王もパトロンになったという、名門コースの歴史を探る。


ロンドン近郊にありながらこれだけの名声を得ているゴルフクラブといえば、サニングデール・ゴルフクラブとここウォルトン・ヒース・ゴルフクラブを除いてほかにないであろう。

オールド・コースとニュー・コースの36ホールがロンドン南西部に広がっており、リンクスではないインランドでこれだけ楽しめるゴルフ場はなかなかお目にかかれない。ヒースロー空港とロンドン・ガトウィック空港の間に位置し、仕事の出張でこの地を訪れた際にも嬉しいロケーションである。

もともと1899年に、ハーバート・ファウラーが義兄弟であるコスモ・ボンソー卿からウォルトン・ヒースの地にゴルフ場をつくれないか相談を受けたのが、このコースの始まりであると言われている。

そして1903年8月5日にゴルフクラブが設立された。1904年の5月14日のコース開場時にはハリー・バードン、 ジェームズ・ブレイド、J.H.テイラーの三銃士がプレイ。

その際、当時のA.J.バルフォア首相、そして後の首相となる3人、ロイド・ジョージ、ボナー・ロー、ウィンストン・チャーチルも一緒にプレイしていたという。

1935年には、最初のキャプテンとしてウェールズ皇太子が就任。翌年1月には、皇太子はそのまま国王エドワード8世となった。現役の国王がゴルフクラブのキャプテンを務めるという、前代未聞のケースに。

同年12月、エドワード8世が退位したあとはヨーク公がジョージ6世として国王に即位し、ウォルトン・ヒースのパトロンに就任している。

チャーチルがよくプレイしていたということからもわかるように、大変素晴らしいゴルフ場である。

最初に設計を手掛けたハーバート・ファウラーは残念ながら1941年に亡くなったが、ウォルトン・ヒースでの成功を筆頭に、当時を代表する世界的なゴルフコース設計家として名を馳せた。

文=小泉泰郎

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