Forbes JAPAN 編集部 編集長


ジャパン・ハウスでは、前述の「のみと外科医」のように、境界線をなくして視点を交差させることで、後継者不足に悩む地方の技術を「進化させる入り口」にできないかと考え、事実、想定外の客が訪れて注文をする光景が見受けられた。

だが、落とし穴もある。「外国人」を十把一絡げにしてしまうことだ。例えば、ジャパン・ハウスで三条市の庭師が日本の四季や庭園の歴史を語ったが、集まったイギリス人たちは無反応だった。イギリスの公園で日本庭園は珍しくなく、「ジャパニーズ・ガーデン・ソサエティ」という組織もある。

聴衆が一斉にスマートフォンで写真を撮りだし、大盛況となったのは、「雪吊り」をリクエストして、実演が行われたときだ。縄を放射状に張って雪で枝が折れないようにする方法である。つまり、外国人だから「日本を知らない」と決めつけるとツボに刺さらない。

観光地では「外国人には受けるだろう」と大衆受けを狙ってレベルを下げた工芸品が見受けられるが、実際に外国人に受けているのは、デザイン性や機能美を極めたものだ。ライト局長が言う「ステレオタイプ」とは、日本人自身が勝手に抱いたファンタジーなのかもしれない。

プロセスを紡ぎ続ける

ロンドンの取材から帰国すると、奇しくも本誌特集「スモール・ジャイアンツ」のアドバイザリーボードである三条市のスノーピークが、欧州での事業展開を推進する子会社「Snow Peak London」を設立した。アメリカやアジアでは熱心な「スノーピーカー」と呼ばれるファンを獲得しているアウトドアブランドの同社は、まさしく燕三条の機能美を進化させたテント用のペグ、焚火台、マグ、調理器具などをつくっている。

さっそく社長の山井太に話を聞いた。

「キャンプだけでなく、アパレル、飲食、体験価値を融合させて、事業を展開させてきました。ミッションは『人間性の回復』です。でも、10年前、欧米では人間性の回復は必要ありませんでした。自然のなかで時間を過ごす習慣があったからです。ただ、自然のなかで料理をしたりする習慣はなく、スノーピークが提供するようなキャンプ文化はなかった。そこで毎年、欧米の見本市に出展をしました。すると、次第にアメリカの業界で、『スノーピークはラグジュアリー・キャンピングだ』と言われるようになり、業界に新しい言葉が生まれたのです」

加えて山井はこう言う。「スノーピークの価値が一気に広まったのは、日本、韓国、台湾で、ストレス量の高い企業戦士の地域です。その後、ITやスマホ中心の社会になり、欧米でも我々が提唱する『人間性の回復』が必要な環境に変わってきたのです」。こうして独自のマーケットを築いていったわけだ。

新たな客や作り手の発想を獲得しながら、価値を生み出す。このプロセスという物語を紡ぎ続けることこそ、地域産業の進化形かもしれない。前出のライトは「燕三条展」の壁に、グスタフ・マーラーのこんな言葉を掲げていた。

〈伝統とは、灰を崇拝することではなく、炎を絶やさないことである〉

文=藤吉雅春 イラストレーション=アルベルト・アントニアッツィ

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