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フォーブス ジャパン編集部 エディター

マリエ

明るい髪の色に、自由奔放な発言。今から10年ほど前、当時としては珍しい“セレブタレント”という独自の立ち位置を築き、一世を風靡した、タレントのマリエ。

ファッション雑誌『ViVi』などのモデルとして活躍、そしてバラエティー番組への出演。一時は9つの番組にレギュラー出演するなど、テレビで見ない日はないほどだった。超売れっ子タレントの仲間入りを果たし、人気の絶頂にあった彼女だが突如、テレビの前から姿を消した……。

さまざまな噂が飛び交う中、マリエが新たに選んだのは「デザイナー」として生きる道だった。

10年を経て気付いた「ファンへの責任」

2011年9月から約1年間、彼女は世界3大ファッションデザインスクールとして知られる、米ニューヨークのパーソンズ美術大学に留学。ファッションに関する知識をイチから身につけた。

数年の準備期間を経て、マリエは2017年6月、自身のブランド「PASCAL MARIE DESMARAIS(パスカル マリエ デマレ)」を立ち上げる。

同ブランドは「ゼロデザイン」を掲げ、サスティナブルかつ廃棄物を出さない、モノづくりの新しいあり方に取り組んでいる。

元タレントが、「サスティナブル」をキーワードにブランドを立ち上げる。昨今、そういった話をよく耳にするようになった。決して珍しいものではない。

「マリエがブランド立ち上げた」という情報を耳にしたとき、10年前、テレビで自由奔放な発言を繰り返していた彼女の姿が頭に浮かび、ちょっとした興味本位で取り組んでいるだけなのではないか。そんなことを思っていたが、彼女の話を聞けば聞くほど、ファッション業界の課題に真摯に向き合い、生産のあり方を変えようとしていることがわかった。

マリエはなぜ、サスティナブル、社会貢献に真摯に向き合うことにしたのか? その背景には「ファンに対する責任」があるという。

「23歳の頃、1日に何種類もの薬を処方していて。とにかくお医者さんが勧めてくれたものは全部飲んでいたんです。その状態でアメリカに留学に行ったら、現地では医療改革が進んでいて、自分が処方している5つの薬が処方禁止になっていた。

そこから自分の健康を考え直し、薬に依存する生活からも脱するようにしました。そうしたら昔より人生が楽しくなって、自分に自信が持てて、今の自分が好きになったんです。23歳の頃、雑誌のインタビューでは質問に適当なことを答えていて、当時のこと振り返ったらゾッとしました。ファンに対して責任ある行動ができていなかった、と。いま、自分にできるのはサポートしてくれてたファンへの恩返しです。

自分が好きなファッションを通じて、ファンの方々のライフスタイルを楽しくしたり、人生を少しでも幸せにしたりすることを一生やり続けたい。そのためにPASCAL MARIE DESMARAISというブランドがありますし、THE LEFT OVERというプロジェクトがあります」(マリエ)

例えば、PASCAL MARIE DESMARAISの活動のひとつに、全国15都市のセレクトショップ、工場をファッションバスで巡るツアーがある。『ALREADY FAMOUS TOUR17』と題したツアーでは全国のファンに向けてトークショーや商品の販売を行った。

デザイナーとして、着実にブランドを軌道に乗せ始めていたマリエだったが、そのツアーでファッション業界が抱える課題を目の当たりにした。

「洋服を生産するにあたって、余分な部分がカットされていて捨てられている。しかもお金をかけて……。この廃材を使えば、何かできることもあるんじゃないか。そう思ったんです」(マリエ)

文=新國翔大 写真=小田駿一

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