シネマ未来鏡


物語の終幕に至り、名作「カサブランカ」のような展開を思わせながら、それさえも「期待」を裏切るペッツォルト監督の意図は、主題がこのメロドラマにあるのではないということを、はっきりと宣言している。それほどの驚きを持った結末が待っている。

「最初、1940年のマルセイユで、すべてが展開する構想で作品を考えていた。しかし、それにはまったく情熱が持てなくて、現代に移し替えた。自分が撮りたいのは、過去を再構築することではなくて、いま世界中に難民がいて、ナショナリズムが台頭するヨーロッパに住んでいるという現実を踏まえた作品だった」

過去に、東西冷戦下の東ドイツを舞台にした「東ベルリンから来た女」や、ホロコーストを生き延びた女性を主人公にした「あの日のように抱きしめて」など、激動の歴史を踏まえた作品を発表してきた監督の言葉だけに、この「未来を乗り換えた男」で試みた、「難民」というテーマで過去と現在を重ね合わせる大胆な手法は、とても意義深い。寓話を乗り越えた、アクチュアルな問題提起も孕んでいる。

ミステリアスな語り手の正体

全編を通じて気になったのは、ところどころに挿入されるナレーションだ。最初、それは主人公ゲオルグのモノローグのように響くのだが、途中で、ゲオルグのことを「彼」と呼び始め、一体、この語り手が誰なのかが気になってくる。監督が巧みに潜り込ませた物語への「引っ掛かり」だ。

「映画での一人称の語りは、ついつい語り過ぎてしまう。この作品の語りの手本は、スタンリー・キューブリックの『バリー・リンドン』のスタイルだ。主人公を観察しながら、その欠点まで語ることができる。つまり、主人公に対して一定の距離感が保てるのだ」



物語が進むにつれて、この謎の語り手が誰であるかは、徐々に明らかになっていくのだが、作品自体をミステリアスな雰囲気に包む意味でも、かなりの効果を上げている。そして、語り手の正体に対する解答は、サイレンが鳴り響くなかで映される最後の場面に用意されている。

ちなみに、複数回この作品を観たのだが、そのたび巧妙で繊細に仕掛けられたペッツォルト監督の表現には、驚きを禁じ得なかった。さて、主人公ゲオルグが「乗り換えた」結果はどんなものだったのか。それは、作品を観てのお楽しみだ。

連載 : シネマ未来鏡
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文=稲垣伸寿

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