世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版


警戒警報は2014年11月に買収の契約が締結される以前から鳴り出していた。買収を完了させるには、厳格なことで知られる欧州の独禁当局を納得させる必要があった。フェイスブック側は、アクトンと10人ほどの欧州委員会の代表との遠隔会議をお膳立てした。

「2社のシステムのデータを統合したり混合したりすることは非常に難しいのだと説明するよう、指導された」と、アクトンは言う。彼は欧州側にそのとおりのことを伝えた上で、自分もコウムもそうすることは望んでいないと付け加えた。

後になって、アクトンはフェイスブックの別の部署が「データを統合する計画と技術」を持っていることを知った。具体的には個々の電話に割り当てられた128ビットの数列を使い、アカウント同士を橋渡しするのだ。電話番号が登録されたフェイスブックのアカウントを、同じ電話番号を持つワッツアップのアカウントとマッチングする方法もあった。

1年半もたたないうちにワッツアップの利用規約が改変され、2つのサービスのアカウントがリンクされた。アクトンは嘘つきに見えた。「全員がギャンブルをしたんだと思う。つまりそれなりの時間がたったからEUは忘れてしまっているかもしれないと考えたんだ」。

それほどのツキはなかった。フェイスブックはEUに「不正確な、または誤解を誘うような情報」を与えたかどで、1億2200万ドルの罰金を支払う羽目になった。しかしそれはビジネスを行うための経費にすぎず、アカウントのリンクは今も行われている(欧州を除く)。

「当社の14年の提出書類にあった誤りは、意図的なものではありません」とは、フェイスブックのスポークスマンの弁だ。「思い出すだけでも腹が立つ」と、アクトンは話す。

アクトンの“贖罪”は8億5000万ドルを棒に振ったことだけにとどまらない。彼は利益よりもユーザーを優先するという使命を携え、「シグナル」という小さなメッセージ・アプリの開発者に5000万ドル与え、組織を財団化させた。その無料のメッセージと通話はエンドツーエンドで暗号化され、広告のプラットフォームに対する義務を負うことはない。早い話、アクトンは誕生した当時の純粋で理想化されたワッツアップを再創造しているのだ。

しかし、財団としては永続的なビジネスモデルを見つけたいところだ。たとえばウィキペディアのように企業からの寄付を募ったり、グーグルと提携したファイアフォックスのように、より大きな企業と組んだりする方法が考えられる。

他の企業も同じような動きを見せてきた。ソフトウェア開発会社「アンカーフリー」は、ユーザーのオンライン上の活動を隠す仮想的な私設ネットワーク(VPN)を開発し、これまでに6億5000万回のダウンロードを記録した。

年商2500万ドルの検索エンジン「ダックダックゴー」は、広告の表示は行うが、グーグルのように検索履歴を利用してユーザーのプロフィールを作りあげることはない。多くの国々の規制当局も広告目的の追跡には厳しくなっている。

ロンドンの有力なベンチャー投資家のソウル・クラインは、いずれフェイスブックも広告なしの入会オプションを提供せざるを得なくなると予想する。そうだとすれば、アクトンの方策が最後に笑うことになるのかもしれない。


ブライアン・アクトン◎ワッツアップ共同創業者。スタンフォード大学でコンピュータ科学の学士号を取得し、1996年にヤフーの初期の従業員の1人に。同社で後のパートナー、ジャン・コウムと出会う。2007年にヤフーを離れ、コウムが立ち上げたばかりのワッツアップに参画。ミシガン州にゴルフ場を開業した祖母、運送会社を設立した母と、女系家系に育つ。

文=パルミ―・オルソン 写真=ロバート・ギャラハー 翻訳=町田敦夫

PICK UP

あなたにおすすめ

合わせて読みたい