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言語的思考と現実の体験の反復で人生を深めていく

ひょっとすると現在は、もう本を読んで学ぶ時代じゃなくなっているのかもしれない。それでもやはり僕は思う。いい本をちゃんと読むことによってこそ、人の思考回路は形成されると。いい本とは何かという問いは難しいけれど、僕が当時を象徴する本から影響を受けたように、今の若い人は、今の時代のリアリティを描き出している本を見つければいい。探せば自分に響く一冊は、きっと見つかるんじゃないかな。

読む行為とは、知らない世界に触れること。読んで自分の内側の世界を広げたら、その後実際行動に移り、外の世界も広げていくべき。その後また読んで、見るだけではつかめない深い部分を考える。読書という言語的な思考と現実の体験を繰り返すことによって、ものの見方も人生も深まっていくと思います。

だから僕がいまの20代の人たちに伝えたい言葉があるとすれば、「本を持って旅に出よ」となるかな。寺山修司は「書を捨てて街へ出よ」と言ったけど、僕としてはiPadに本を沢山格納して、それを抱えて旅することを勧めたい。

文学や旅に溺れた学生時代を経て、それでも僕は当時「まっとう」とされた就職をした。信託銀行に勤めはじめたんですよ。でも、続かなかった。入ってすぐに、これは自分には続けられないと確信してしまった。それで大学に入り直し美術史を学ぶことにしました。

なぜ美術史だったか。それは、人間の文化を最も総合的に捉えることができる学問だと思ったからです。大学卒業の直前にヨーロッパを旅行しました。そのとき、美術が社会や歴史と結びつき、文化の根幹とつながっているのを目の当たりにしました。それが仕事になるとか、ビジネスとして有望かという問題以前に、あの圧倒的に重厚な文明を築いたヨーロッパを知らないと大変なことになるんじゃないかと感じたんですよ。


フランスからドイツへ向かう電車内にて

人としての総合力を高めるのは若い時の行動である

そのあとは旅行雑誌の編集部に籍を置いて副編集長を務めたり、国際交流基金で国内外の文化交流企画を担当したり。独立後はキュレーターとして自分の事務所を設けました。そうして2006年からは現職ですが、20代のころに得た知識や思想、考えの枠組みはすべてその後の活動に役立っています。

実際に足を運んで世界を見た経験や美術の知見はもちろんのこと、あんなにわからなかった経済や会計の知識も、自分の事務所や美術館を運営するにあたって経営指標が読めるので大変役に立つ。楽しかったことも嫌だったことも含め、過去の経験はいつかどこかで必ず役に立つものだと改めて思います。

社会や組織で責任ある立場になるほど、総合的な判断が必要になってくるものですが、それは過去の経験の理解や、新しいことに対するオープンな態度、公平な人との接し方などがアマルガム(混在)になっている。そのためには、多分、昔から言われた徳と仁といったものが大事なるんでしょう。その総合力の素となるのは、まちがいなく若いころの思考と体験なのだろうと思います。



南條史生◎1949年東京生まれ。72年慶應義塾大学経済学部、76年文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。国際交流基金、森美術館副館長などを経て2006年11月より森美術館館長に就任。

文=山内宏泰 写真=小田駿一

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