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シネマ未来鏡


映画は、冒頭で、イラストレーションも交えながら、第一次世界大戦を挟んで起こった南部から北部への「アフリカ系アメリカ人の大移動」の歴史的背景から始まり、自動車産業の中心地であった当時のデトロイトの人種的状況までが説明される。いかにもキャスリン・ビグローらしいポリティカルな視点が生かされた、なかなか興味をそそる導入部だ。

続いて、実際のニュース素材などもインサートしながら「デトロイト暴動」の模様が第1夜から第3夜まで描かれていく。デトロイト市警によるアフリカ系アメリカ人が集まるイリーガルな酒場の摘発から始まる暴動の模様は、登場する人物に次々とスポットが当てられ、一種の群像劇のように描写されていく。暴動の始まりをビビッドに伝えようとする意図がそこには感じられる。

中盤以降は、このデトロイト暴動の最中に起こったアルジェ・モーテル事件にフォーカスが絞られていき、とくに後半部は警官による密室空間での集団暴行劇が描かれていく。この場面で、狂気に満ちたデトロイト市警の警官を演じるウィル・ポールターの演技は、もしアカデミー賞にノミネートされていたなら、主演男優賞クラスのものかもしれない。

作品の上映時間は2時間23分だが、けっして退屈するものではない。「ハート・ロッカー」や「ゼロ・ダーク・サーティー」で見せたキャスリン・ビグロー得意のバイオレンスシーンもあるし、配給会社が強調する後半「40分」の監禁劇もサスペンスフルなものだ。エンターテインメント作品としても、充分に成り立っている。

ただ、ややバランスの悪さを感じたのは、前半の群像劇的展開と後半の密室劇とのつながりだ。全編を通じてナレーター的人物を設定するとか、密室劇に関わった人物の回想形式をとるとか、いわゆるドラマ的な工夫があれば、1本筋のとおったソリッドな作品になったのではないだろうか。

このような作品となったのは、キャスリン・ビグローらしく事実の細部に拘り、たぶんドラマ的つくりを意識的に排除した結果からかもしれない。昨年、日本でも公開された映画「ドリーム」(アメリカ公開は2016年)は、これもNASAでの人種差別を題材とした作品だったが、大幅に事実をアレンジしており、公開後に物議を醸した。そのことも製作側の念頭にはあったかもしれない。

印象としては、後半のアルジェ・モーテル事件に関わる人物のバックストーリーへの掘り下げが、やや希薄にも感じられた。実在の事件を忠実に再現しようとするあまり、事実に縛られ、大胆なドラマ的な展開を忌避したことに由来するのかもしれない。

このところハリウッド映画でも「事実に基づいた作品」が多数つくられているが、「ドリーム」でも取り沙汰されたように、事実とドラマの距離の取り方は実に難しい。事実を尊重すればドラマ性は薄れ、ドラマづくりを重視して事実を捻じ曲げれば、後々興ざめを誘発してしまう。そのあわいをどう埋めていくか、映画監督に課せられた巧みの仕事かもしれない。

ここ数年のアカデミー賞、とくに作品賞は、2013年の「それでも夜は明ける」、2014年の「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」、2015年の「スポットライト 世紀のスクープ」、2016年の「ムーンライト」と、なによりドラマ性が重要視されているように思う。「デトロイト」は、キャリスリン・ビグロー監督の事実へのリスペクトにより、多少そのドラマ性の部分で物足りない部分があったのかもしれない。

アカデミー賞は、ハリウッドの映画業界の人々が選考する賞だ。ニュートラルな記者や評論家の比率は低い。そのため、選出については、業界の思惑や、政治的状況、世の中の動きなどが敏感に反映されるとも聞く。アカデミー賞の発表は現地時間の3月4日の夜(日本時間5日の午前中)。今年はどんな作品が選ばれるのか、ハリウッドのトレンドを占う意味でも、なかなか興味深い。

文=稲垣伸寿

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